五
輝くようにきらびやかな赤地金襴の鎧直垂。
すらりと長い太刀。しなやかな重籐の弓。川原毛の馬。
だが騎乗している人びとはみな、澱んだ瞳を兜の奥に忍ばせていたのだった。
私は多くの村人の前に立ち、その武士団を出迎える。
彼らの馬は、歩みを止めた。
「この村の名主か」
一番騎の男が馬上より、居丈高に云った。
「名代を司っております」私は虚言を吐いた、「名は老いておりますゆえ……あなた様は源家のお方ですか」
鬚を無造作にたくわえたその男は黙り込んだ。
お前に名乗るいわれはない。何様のつもりであるか。そう云う表情であった。
「いかにも。私は源九郎義経」
その涼しげな声の主は、二番騎の小男だった。
その男、まこと滑稽なあっぱれ武者姿。あごは細く、まったく鎧直垂に「着られている」ように見える。
……この男が源氏の御曹司とやらか。
見た目は貧弱そのものである。
だが、話は分かりやすそうだ。一番騎の男よりはよほど。
京育ちと噂に聞くが、なるほど東国武者の田舎臭さは感じない。
「事情がお分りなら話は早い」きわめて簡潔に御曹司は云った、「この村で休息したい」
私はしばらく考えるふりをしてから、ゆっくり答えた。
「ご休息であれば、わが館にお越しください」
私は少し腰を折り、緩慢な動作で先導をつとめた。
……どうぞぜひ、当家でお体を休めていただきたい。
私が見せたのはそういう、表向きは丁寧な態度であった。
道々、ちらりと背後の武士を仰ぎ見た。
鬚の男は不機嫌そうな顔を崩していない。が、御曹司は物見遊山のようにぼうっとあたりを眺めている。体は文字通り、馬に「揺られて」いた。
ふと、騎馬の影にいたひとりの男が目に留まった。
鎧も着けていない、猟師風の若者。私と年は変わらぬであろう。
武士ではない。
そう思ったのは勘だ。馬を与えられてはいたが、ただ曳いているだけであった。それだけでは理由にならぬが、恐らくどこかで徴発された道案内ではないか。
だがその若者の目は如才ない知性をたたえ、鋭い視線は私の背中を捉えていた。
私はかの男の姿が、妙に心にひっかかるのだった。
館にはだれもいなかった。
さえ殿が気を利かせて母をどこかへ連れていったと、荘の耕人が教えてくれた。
不釣合いな館も荘の役に立つものだ。
偽りの名代の私は、荘の者たちと示し合わせた。
……本荘の方へ行かぬよう、武士どもを見張ろう。
そして、この義経なる御曹司は館でしばらく引き止めるのだ。
館に武士どもを受け入れるのも、米を隠し終わるまでのほんの一刻だけだ。
「お疲れ様でございます」私は御曹司に深く頭を下げて淡々と云った、「当荘園にはなにもございませぬゆえ、歓待もできませぬがごゆるりとご休息下さい」
決して歓待などしない。
できやしないのだ。米は今日持ち帰ったものしかないし、馬も今回、米の運送用に住吉社から借りたものしかない。
「あな、おもしろし」
主屋広間の円座に腰をすえるとすぐ、御曹司は云った。
間の隅にある二つの焼物。私は案内しながら「片付け忘れたか」と舌打ちしたが、御曹司はあれに、まず目がいったようだ。
いずれも私の作で、住吉社に出しても遜色ないものである。いや、むしろ出来の良いものを今後のため取り置いていたのだ。
だが、中でも「最上」としていた器はそこにはなかった。
……母が持っていったのだろうか。
疑問を心の奥にとどめ、同席した主従十名を眺め見た。主人とは違って、いずれも興味はないらしい。
先ほどの鬚男、その横にいる男がぐいと体を前のめりにした。鬚はなくすっきりした容貌だが、顔かたちは酷似している。鬚とは兄弟ではないだろうか。
その男、静かに話をはじめた。
「御曹司は院の院宣を承り、平家を討つことと相成った。院におかれては平相国の存命のみぎりより長きにわたり平家の横暴に耐えておられたが、今こそはと正義の御旗をわれら源家にお与え下さったのである。そも……」
私は神妙に耳を傾けていた。いや、傾けているふりをしていた。
……長い話になりそうだ。
案の定。
男の言葉はやがて、唾を飛ばさんばかりの熱弁に変わっていった。
平家は緒人、官を極め財を貪っている。民より血を吸い取り、肥え太っている。
かつて、都には平家の放った密偵がそこかしこにいた。平家の悪口を云うとその場で捕まり、六波羅に送られそのまま帰ってこないこともあったのだ。民は恐れをなし、平家の悪口が云えなくなった。悪口どころか、話をするにも周りを見渡し細心の注意を払わねばならなくなったのだ。
なるほど、いかに平家が驕り、源家が彼らを成敗する正しき者なのか。
聞くに、そう思えることも多かった。
だがこの弁舌に酔うことはできない。
話の先に待ち受けるもの、それが私には分かっていたからだ。
……さしあたり米と馬が必要だ。ついては名代のそのほうに幇助を願うものだ」
さあ、私の戦いはここから始まるのだ。