四
「大変じゃ」若者が幾度も声を上げ、東の坂から転がるように駆けてきた、「武士どもがこちらに向かっておる!」
日の光が私の足元を走り去ってゆく。
そして、この村に残されたのは、重苦しく立ち込めた曇り空であった。
「武士とや」
私は東を見た。
坂の向こうへ、雲は流れていく。
「いくさや」
たれかの呟きが漏れた。
風の音のようだった。
いつの間にやら、集落の者は集まり、ざわめきとおののきが辺りを駆け巡った。
私は再び、荘の中心へと戻っていった。
「皆!」そこでは長老は枯れた喉を絞り上げていた、「米を隠せ! 手分けせい!」
「どこや」
「どこへや」
「本荘のお蔵へか」
百姓名の蔵など隠したことにはならない。真っ先に武士どもが乗り込み、徴発してゆくだろう。
私は叫んだ。
「本荘の、森だ!」
……村人たちは次々に痩せた腹から息を吐き、唱和した。
ゆけや、ゆけ!
運べや、運べ!
隠せや、隠せ!
俵を担ぎ、西へと走る。
私はただ、曇り空を仰いでいた。
「源氏やな」
私はささやき声の主を見た。長老のひとりであった。
「東光寺の御坊が云うておった。三草山に平氏の陣立が上がっておったと。みな知っておる」
渡し舟での噂話がよみがえる。
平氏は幼き主上を抱えながら、京と戦うのだ。
院の宣旨とみかどのご聖旨とでは、どちらが天つ神を味方にするのであろう。
「法皇さまは宗旨替えをなされ、追討を源氏の範頼に命じたと、道中聞き及びました」
「……お前様は平家が負けると云わしゃるか」
「それはまさか」
私は口ごもった。
公家の御方々はもとの都に戻ったとはいえ、福原の京のことは近くにありてよく聞こえる。
唐天竺より湊にやって来る、あまたの銅銭や珍宝。平氏はこれら天下のお宝を、数え切れぬほど持っているのだ。
法皇の新たな御在所も、平氏の懐から出たものと知るは都人ばかりではない。
その平家が負けることがあるだろうか。
……否、考えることは無い。
源氏であろうと平氏であろうと関係は無い。
「武士どもは私の館で足止めをさせましょう」私はゆっくりと云った、「いのちの米を決して、奪われぬように」
坂の名は、不来坂といった。
だがその武者どもは来た。
予想に反し、憐れなまでにおろおろと、坂を下って来るのが見えた。
私は目を細め、兜の奥の表情を見きわめた。
彼らは歩むすがたの通りの、まったく疲弊しきった顔をしていた。