表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
焔駆けつ  作者: 鏑木恵梨
4/11

「大変じゃ」若者が幾度も声を上げ、東の坂から転がるように駆けてきた、「武士どもがこちらに向かっておる!」

 日の光が私の足元を走り去ってゆく。

 そして、この村に残されたのは、重苦しく立ち込めた曇り空であった。

「武士とや」

 私は東を見た。

 坂の向こうへ、雲は流れていく。

「いくさや」

 たれかの呟きが漏れた。

 風の音のようだった。

 いつの間にやら、集落の者は集まり、ざわめきとおののきが辺りを駆け巡った。

 私は再び、荘の中心へと戻っていった。

「皆!」そこでは長老は枯れた喉を絞り上げていた、「米を隠せ! 手分けせい!」

「どこや」

「どこへや」

「本荘のお蔵へか」

 百姓名の蔵など隠したことにはならない。真っ先に武士どもが乗り込み、徴発してゆくだろう。

 私は叫んだ。

「本荘の、森だ!」

 ……村人たちは次々に痩せた腹から息を吐き、唱和した。

 ゆけや、ゆけ!

 運べや、運べ!

 隠せや、隠せ!

 俵を担ぎ、西へと走る。

 私はただ、曇り空を仰いでいた。

「源氏やな」

 私はささやき声の主を見た。長老のひとりであった。

「東光寺の御坊が云うておった。三草山に平氏の陣立が上がっておったと。みな知っておる」

 渡し舟での噂話がよみがえる。

 平氏は幼き主上を抱えながら、京と戦うのだ。

 院の宣旨とみかどのご聖旨とでは、どちらが天つ神を味方にするのであろう。

「法皇さまは宗旨替えをなされ、追討を源氏の範頼に命じたと、道中聞き及びました」

「……お前様は平家が負けると云わしゃるか」

「それはまさか」

 私は口ごもった。

 公家の御方々はもとの都に戻ったとはいえ、福原の京のことは近くにありてよく聞こえる。

 唐天竺より湊にやって来る、あまたの銅銭や珍宝。平氏はこれら天下のお宝を、数え切れぬほど持っているのだ。

 法皇の新たな御在所も、平氏の懐から出たものと知るは都人ばかりではない。

 その平家が負けることがあるだろうか。

 ……否、考えることは無い。

 源氏であろうと平氏であろうと関係は無い。

「武士どもは私の館で足止めをさせましょう」私はゆっくりと云った、「いのちの米を決して、奪われぬように」


 坂の名は、不来坂このさかといった。

 だがその武者どもは来た。

 予想に反し、憐れなまでにおろおろと、坂を下って来るのが見えた。

 私は目を細め、兜の奥の表情を見きわめた。

 彼らは歩むすがたの通りの、まったく疲弊しきった顔をしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ