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焔駆けつ  作者: 鏑木恵梨
2/11

 夜を徹し歩き、今田荘に着いたのは、山の端が明けの光に満ちる朝であっただろうか。

 今田荘は深い霧に覆われていた。

 すべてが白く、刺すような気が身体の末端にまとわりつく。

 私はそれを振り切るように歩を進めた。

 農夫は、眠りから覚めたばかりだったのだと思う。

 農夫とは声無くすれ違った。行き交うまで私が居ると気づかなかった。

 彼が声を上げたのは、私に気づいたからではない。二人の下人、四頭の馬が運ぶ俵を見たからだ。

「皆を集めてくれまいか」

 私がそう頼むと、嘆息とも喘ぎともつかぬ声のあと、彼は何度も首を縦に振った。

 まるで、言葉を知らぬ者のようであった。


 霧は、山の奥へと流れ往きつつある。

 馬は霧が残していった湿り気をたてがみに忍ばせ、静かに佇んでいた。日が高くなるにしたがい、その湿り気は山間を吹き抜ける風にさらされてゆく。

 村の老人たちは馬を取り囲んだ。

 そして喧々諤々と話し続けていた。

 ……米は手に入った。これなら夏まで生きながらえることが出来るだろう。

 ……上手く乗り切れた。めでたいことである。

 実りの無い繰り言がただ綴られていく。

 老人たちはその愚昧さに気づいている。だが、たれもその先には進めない。

 この先のことを、たれも考えてはいなかったのだ。

 今回ばかりは、私たち必死の思いで焼き上げた。

 その思いが天に通じたのだろう。摩訶不思議なほどに思いの通り、上手くいったのだ。

 今、私は思う。

 新しき器を焼くことも天啓であり、事実焼けたことも天恵であったのだ。

 だが、次は天に任せていられぬ。質、量とも出来映えにむらがあるようでは駄目だ。

 永年半済の約定に見合う器を、作りつづけねば。

 それには、今のままではどうにもならぬ。

 あの焼物が出来る窯がただひとつというのは心細い。

 ……せめて、いまひとつ有れば。

 小野原には古くより器を作ってきた窯がある。

 その窯では、生活のためや、周囲の村落との物々交換のための器を焼いている。

 他にも窯はあるが、村落の中心で多くを担うのは小野原窯だ。

「この小野原の窯も、三本峠と同じものを焼けるようにしたいのです」

 私はそう切り出した。

「小野原の窯を潰すなぞ出来ない話や」

「ここなら」私は体の奥から突き上げるものを感じた、「この小野原なら人が集められるのです。焼成だけ、野良だけに手をとられることはないのだから」

 三本峠の窯を中心とすれば、陶工はそこに釘づけとなる。三本峠は村落から離れすぎているからだ。だが小野原は今田荘本荘の隣の集落。田畑の仕事があるときにでも、窯に目配りができるのだ。

 ……それに、私の母は小野原にいる。

 病がちの母を忘れ土に向かう日々は、辛かった。

「なるほど」

 老人たちは静かに首をもたげた。

「任せたぞ。窯を立て器を焼くは、そこもと等のしごと」

 私は唇を結んだ。

 頭の中では天へ上るような高揚感を感じながら、一方体ではどっしりとした重量感を強く覚えた。

 この村の行く先を任されたことへの充実感と、行く末を左右することへの責任感。それぞれを頭と身体が別に捉えている様だった。

 ……そうだ、母は。

 持て余し気味の思考から逃げようと、母に意識を向けた。

 私が荘を発つ前も、あまり具合は良くなかった。隣家の娘に頼んではいたのだが。

 私は馬と食料の倉納めを任せて、気もそぞろに家路を急いだ。



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