ヴィンセント視点●恋人if●「黒薔薇庭園デート」
恋人設定。ヴィンス先生。恋ちゃん視点で、二年生の五月!
タイトル「黒薔薇庭園デート」
2013年 03月22日(金) 21時38分
陽射しが射し込むガラス張りの温室は暖かい。
温室の中にある屋寝付きのベンチに座って、私は本を読み寛いだ。
微かに香る黒薔薇の匂いにはすっかり慣れた。周りで咲き誇る黒薔薇も、初めは衝撃を受けたけれど見慣れてしまい私の日常の一つになってしまっている。
毎週訪ねて来てはここに居座るのだから、当然ですね。
黒薔薇と呼ばれる薔薇は、大抵は漆黒鴉学園の制服と同じ深黒紅色。
初めてこの黒薔薇の庭園に足を踏み入れたのは、一年生の夏。夏だと赤みが強くなる薔薇だけれど、ここに咲く花は黒色を強く保つ。
まさに黒い薔薇。
「ローズティーをどうぞ」
席を外していたヴィンス先生が音もなく現れることにも驚くことなく「ありがとうございます」と膝の上に本を置いて差し出されたティーカップを受け取る。
香りを堪能して飲んでいれば、私の髪を隣に腰を降ろしたヴィンス先生が指先で弄り始めた。
読書をしていても、ヴィンス先生はこうして私に触れてくる。構ってほしいのかと読書をやめようとしたら、「続けていいですよ」と言われるので反応しなくてもいいようです。
付き合い初めてから半年。週に一度だけヴィンス先生の家を訪ねて、夕方まで温室で一緒に過ごしてきた。
特段変わったようには感じない。
両想いになって恋人になっても、やんわり押してくる紳士さんのまま。
緩やかに時間を過ごしていく。
ゆっくりとゆっくりと、穏やかな日々を共に過ごす。
それが私と彼との時間の刻み方だ。
"一緒にいるだけで十分"。
それが今の結論──…だった。
今日はいつもと違っていた。スルッと私の脇から腹部を撫でるようにヴィンス先生の掌が滑り込んだかと思えば、引き寄せられる。
背を向けていたから、後ろから抱き締められる形になった。
両腕にぎゅっと包まれるから、両手に持ったカップを落とさないように気を付ける。
「あの、ヴィンス先生」
「どうぞ、お構い無く」
無視できない。
首にヴィンス先生の顔が近付き、息が吹き掛けられるので流石の無頓着の私でも気にしてしまう。
ヴィンス先生の唇が首筋に触れている。
ドキドキと心臓が高なり始める。その音を聞き取ったのか、クスッとヴィンス先生は笑う。
「怖いですか?」
「こわ、い、わけでは……ない──…んっ」
怖いわけではない。くすぐったい。
「大丈夫ですよ。噛み付きませんから」
耳元で囁くヴィンス先生が、笑みを深めたのがわかった。
「ただ――――…食べるだけですよ?」
更に私の身体を引き寄せて、逃がさないと言わんばかりに腕に力を込めて抱き締める。
あ、本気だ。
困る。せめて予告してほしかった。心の準備が欲しい。
高鳴る心臓が血を巡回していき、頬に熱を集める。
「せ、先生……あの」
「気にしないでください」
気にしないでいられるわけがない。
私の反応を楽しんでいるヴィンス先生はクスクスと笑い息を吹き掛けてくる。
彼は私を動揺させて無表情を崩すことが好きなんだ。
ギュ、と目を閉じて堪えていたら、ぴたりと行為が止まった。
「冗談ですよ? 音恋さん。じゃれただけです。貴女が嫌がることはしません」
そっと頭を撫でられる。
ヴィンス先生は私を後ろから抱き締めた体勢のまま、読みかけの本を開いて読み始めた。
誤解をされてしまいました。嫌ではないのに……。
心の準備は必要だけれど、好きなヴィンス先生なら、嫌じゃない。
誤解をされて張り裂けそうなほど喚いていた胸の中は、もやっとしてしまう。
遠回しに嫌ではないということを自己満足で伝えることにした。
右を向けば鼻が触れるほど近いヴィンス先生の目映いほど美しい横顔。
色白のその頬に唇を押し付けてすぐ離れる。
恥ずかしさをまぎらわすため、紅茶を両手で傾けて喉に流し込み飲む。
「!」
「――――――…いけない子ですね、私を誘惑するなんて」
「え?」
カップが取り上げられたかと思えば、ヴィンス先生と向き合うように振り向かされた。
両手で顔を包まれる。
ガラス張りの屋根から射し込む暖かな光が、ヴィンス先生の白金髪を穏やかに照らす。微笑みを浮かべた彼は青い瞳で優しく私を映した。
そんなつもりじゃなかったのに。
薔薇を愛でるように、優しい口付けをされました。