黒巣漆視点●バレンタインデー●「ホワイト」
バレンタインデー企画。
漆君視点!
甘め。恋人設定です。
いつまで経っても、
恋ちゃんに振り回されて、
メロメロw
20140213
二月十四日のバレンタインデーは、チョコには困らない日だが、一番欲しい相手からは貰えない。
そんな日だったが、それは去年までのこと。
今年は、一番欲しい相手から、本命が貰える。
――――と、思ったが、宮崎音恋と言う俺の恋人は、予想通りに動いた試しがない。
「おはよう、黒巣くん」
「……はよ」
朝、ラウンジで会えば、一番に俺に渡してくれると思ったのに、普段通り朝食を摂る宮崎。
平然として、バレンタインデーについての会話すらしなかった。
まさか、バレンタインイベントに参加しない気なのかと焦る。
いや、それはないな。
昨夜はラウンジのキッチンを借りるとかで、会うことを拒まれたから、ちゃんとバレンタインのチョコを作っているはずだ。
宮崎が渡してくれるのを待ったが、結局寮で渡されることなく登校。
肩を並べて歩く通学路でも、バレンタインに関する話は出なかった。
でも宮崎は紙袋を片手に持っていたから、そればかりを俺は気にした。
乗降口で靴を履き替えようとロッカーを見て、うんざりする。
恋人の本命以外はいらねーって公言したのに、ロッカーにはチョコの箱や袋がぎっしり詰め込まれていた。
宮崎以外のチョコなんていらねーってばっ!!
「黒巣くん?」
宮崎に名前を呼ばれて、咄嗟に身体でロッカーを隠した。
そんな宮崎は――――…小さな箱の山を抱えていた。
間違いなく、箱の中身はチョコレートだ。
「あ、これ。ファンの子から。貰えるとは思ったけれど、こんなに一杯とは思わなかったな。黒巣くんも一杯貰った? チョコには困らないね」
俺の視線に答えて、宮崎は言うと歩き出す。
文化祭を機に、人気になった宮崎にもファンがいる。
俺並みに貰ってやがる……。
ほとんどが女子から貰ってるはずだが……もやもやと嫉妬してしまった。
「お返し、大変だね」
ハッとして、気付く。
まさか、宮崎の奴、俺がファンからたくさん貰うからって、自分は遠慮するつもりじゃないよな?
大いにあり得る。
変なところに気を遣うんだ。
紙袋にあるのは、姫宮達への友チョコ。友チョコしか作ってないのか?
俺は今年も、好きな人からの本命チョコはなしか?
そのあとは、俺にも宮崎にも、ファンが押し寄せてきて話す暇がなかった。
宮崎が掴まらないから、俺はクラスメイトでありルイの恋人の橋本に探りを入れた。
「音恋ちゃんからのチョコ? これのこと?」
「あ、ぼくも貰ったよ」
「…………なんでだよ!?」
「えっ!?」
一緒にいたルイまで、いつの間にか宮崎からチョコを貰っている。
俺より先に貰っていることが許せなくって、ルイの胸ぐらを掴んだ。
「あれ、黒巣くん貰ってないの? …………そう言えば、黒巣くんになに作るのか聞いてないや」
「…………」
首を傾げる橋本から聞いて、絶句する。
まじで、宮崎の奴、俺にはなしなのか?
恋人なのに!?
何日も前から楽しみでしょうがなかったのに、気分はドン底になった。
「ねぇ、黒巣くん」
放課後、俯いて乗降口で待っていれば、宮崎が覗き込むようにして名前を呼んできた。
宮崎が持つ紙袋は、ファンから貰ったであろうチョコがぎゅうぎゅうに詰め込まれている。
今朝入っていたチョコは、多分先輩方に渡ったのだろう。
うんざりして、そっぽを向けば、雪が降っていたから目を丸めた。
「雪……」
「さっきから降ってるよ。気付かないほどの考え事なんかしてたの?」
「……」
どうすれば鈍感な恋人が本命チョコをくれるか考えてたんだよ、ぶぁーか。
ひらりひらりと、粉雪が降り続ける。
あ、そう言えば、朝から宮崎が雪が降るって言ってたな……。
「帰ろ?」
「……うん」
宮崎は手袋を外すと右手を差し出してきた。俺も手袋をつけていない左手で握って、一緒に寮へと帰る。
雪は、俺達にとって特別だ。
雪の中、手を繋いで校門をくぐるだけで、ちょっと嬉しい。
しょうがないからこれだけで、交際を始めてから初めてのバレンタインは満足してやる。
そう思っていたら。
「黒巣くん。今夜は黒巣くんの部屋で、雪を眺めてもいいかな?」
「はっ?」
宮崎は首を傾げながら見上げて訊いてきた。
俺の部屋で?
夜?
ポカンとしてしまったが、コクンと首を縦に振る。
「……いいけど」
「じゃあ、迎えに来てね」
「おう……」
どうやら、バレンタインデーはまだ終わらないらしい。
照れ臭くって、俺はマフラーに口元を埋めた。
宮崎をこっそりと誰にも見られないように部屋に連れ込めば、ハート型のカップに入ったチョコプリンが差し出される。
スプーン付き。
宮崎も同じものを持っていて、床に座ると窓の外で降り頻る雪を眺めながら食べ始めた。
「……手作り?」
「そうだよ」
「……バレンタイン?」
「そうだけど」
「……ふぅん」
「うん」
俺が一日中そわそわしていることに気付いてたくせに、宮崎はしれっとした態度で雪を眺める。
待たせて、焦らして、一番最後に渡すとか……コイツって本当に。
「……小悪魔め」
ぼそりと呟く。
宮崎は気付かないフリをしてプリンをスプーンで掬うと俺に差し出した。
「あーん」
「……あー」
ぱくり、とそれにかぶり付く。滑らかなチョコプリンは、舌の上で溶けるみたいに消えていった。
電気がついていない薄暗い俺の部屋は肌寒い。俺は毛布を宮崎の膝にかけてやった。
もう一度宮崎は俺に一掬いしたスプーンを差し出す。
それにかぶり付いてから、お返しに俺も宮崎にスプーンを差し出した。
ぱくりと宮崎は食べると、ほんの少し明るい四角くの中を眺める。まるで動いている絵画。しんしんと雪は降り注ぐ。
羽根みたいに真っ白い雪は、あの日を思い出させる。
「宮崎。お返しはなにがい? 一番欲しいものをやるよ」
俺は静かに訊いてみた。
どんなものが、一番喜ぶだろうか。
考えながらも、俺は宮崎の希望を訊いてみた。
宮崎は俺に顔を向けると「ん」と言って、目を閉じる。
キスの要求だ。
雪のように白く見える宮崎の顔を見つめてから、俺は近付いてそっと唇を重ねた。
「一番欲しいものは、もう持ってるよ」
「……ぶぁーか」
この距離で微笑んで囁くから、俺はもう一度唇を重ねて塞いでやった。