白い空間
安友邸は一見シンプルだが、機能とデザイン性が見事に融合した作りとなっていた。適度な幅を持った廊下と、全ての部屋を繋ぐ開放感溢れる一面ガラス張りの吹き抜け。二メートル四方の中庭には、刈りこまれた芝生の上に一本の若木が植えられ、照れながらもその存在を主張していた。
「いやぁ、素晴らしい邸宅だ。さすがは青葉さん、センスが良い」
案内されながら境生はしきりと青葉を褒めていたが、都度お礼を返す彼女の顔は浮かぬままだった。
「こちらへどうぞ」
青葉に言われるままに案内されていた三人は、奥にある間仕切りの前で立ち止まった。三人の目の前にそびえる不自然に立てられた間仕切りと扉。扉の奥は二階へと続く階段があったが、木で作られた扉のせいで三人の目からは今は見えない。開放的なデザインのなかで、ここだけ開放感を、何かを無理やり閉じこめたような、そんな不自然さを感じさせる扉だった。
「ほ、ほう、ナチュラルテイストで良い扉だ」
いかにもとってつけたような扉の前では、心なしか境生のお世辞にも元気がないようであった。
栄都の美的感覚ではこの扉の存在が許せなかったのか、渋い顔つきで青葉に尋ねた。
「これは後から取りつけたものですか? 何らかの明確な意図があるとお見受けしますが」
「はい……。一ヶ月程前に取りつけました。理由は、見てもらえれば分かると思います」
ここに来て一層の翳りを見せた青葉は力なく呟いた。
どこか投げやりで一向に扉をあけようとしない青葉の態度に、不満気な栄都が扉に手をかけ、一気に開けはなった。
そして瞬時、動きを止めた。
――白。
あまりにも白い。扉の奥。白い世界。それはデザインと呼ぶ事など許されないほどに、配色のバランスが異常だった。フローリングは無残にも白ペンキで塗りつけられ、窓にも白スプレーが隙間なく執拗に塗布されている。階段も白一色となっており、そのせいで立体感を失っていた。すべり止めの小さな溝に出来た影が無ければ、階段だと知るのも難しい。
「こ、これは一体……」
視覚的な奥行きを失い、重力だけを頼りに立っていた道明は、バランスを失わぬよう注意しながら青葉の方に振り向いた。しかし空気の流れを感じたのか、それとも恥じているのか、青葉は苦悶の表情で俯いているだけだった。
栄都は深刻そうな顔つきのまま、黙って周囲を見渡していた。境生はそれでもなお、お世辞を言おうと努力していたが「あぁ」だの「うぅ」だの呟くのが精一杯で、言葉にする事は出来ずにいた。
この空間における無機物は、総じて白色に上塗りされていた。否、有機物は見当たらないだけで、存在すれば当然の様に塗られていたかもしれない。そこは完全に白のための、白の支配する、そんな世界のように道明は感じた。