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願い  作者: はー
ひとつの世界
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出会い

 静寂に思いを馳せた昼下がり、道明達の乗る軽トラックの速度に合わせたのか、いやにゆっくりとした速度で、ようやく一向は街の中心にある一戸建て住宅に到着した。

 周囲の家との柵も無ければ塀も無い、開放感溢れるその家は、白を基調とした瀟洒なデザインで、角張った造りが家と言うよりも巨大なブロックかあるいは豆腐を連想させる。当戸建住宅区画を企画販売したディベロッパー企業、安友建設の元社長、故、安友弘哉が自宅用として建てた家であり、彼の持論『防犯は地域全体で』を色濃く反映しているともいえる。


 およそ一年前に、四十台という働き盛りにしてこの世を去った安友弘哉は、生前、栄都の兄である菱川頼一と家族ぐるみで懇意にしており、だからというわけではないが安友弘哉が亡き後も、社として菱川グループとの付合いは続いていた。栄都自身は安友弘哉やその家族と親密な関係にあったわけではないが、一応の面識だけはあった。その関係から今回の依頼が廻ってきたそうだが、その経緯について栄都はそれ以上、道明に詳しく話すことはしなかった。


「ここか。たんまり金もってそうだな……」

 栄都から簡単な経緯の説明が終わるとすぐに境生は家の値踏みを始めた。といっても境生の持っている知識では、これが精一杯の査定だったので、これ以上言葉は続く事はなかった。

「まったく、君は全ての発想が下品で困る」

「うるせー、つーか、報酬は幾らなんだよ」

「フン、案件の詳細内容については僕もまだ聞いてないが、何でも先方は報酬として五百万くらい出すと言っているようだ。まあ僕にとって金額など、そうだね、依頼者が僕の仕事の邪魔しないかどうかを判断する尺度、程度の意味しかないがね」

「ご、五百?」

「ん、不満かい。まあ確かに多少安くはあるが、兄と付き合いがある企業の様でね。サービスしてあげたのさ」

「お、おい、道明。五百万って一葉さん何人だ」

「千人ですね。というか、諭吉さん五百人の方が分かり易くないですか」

「……」

「ちょっ、その何言ってんだこいつ、みたいな顔は止めてくださいよ。まったく……」


 玄関に到着すると栄都はインターホンを押そうとした指を止め、振り返り、二人に言った。

「ああ君達、くれぐれも粗相の無いようにしてくれたまえ。兄の顔を汚すのは一向に構わないが、僕のプライドを汚す事だけは許さないから、それだけは覚えておいてくれたまえ」

「心配するな、お前のプライドなんてこれ以上汚れようが無いから」

「なんだと」

「なんだよ」

「ちょっと、二人とも。ここでケンカなんて止めてくださいよ。あ、ほら、誰か来られたようですよ」

 玄関の奥で人の発する音を聞いた道明が、二人を仲裁しつつ、素早く話題を変えた。その音は道明達から扉一枚を隔てたすぐ傍で止まり、やがてその扉が静かに動き出した。重厚そうに見えた扉の、慎ましく、音を出す事は罪だと言わんばかりの滑るような動きに、改めて建物全体のクオリティの高さを道明は感じる。

「フン、命拾いしたな」

「そりゃあ、こっちの台詞だっつーの」


 再びいがみ合いを始めた二人を余所に、道明は扉から身を出しかけている人物に、正確には女性と思わしき人の腕に挨拶をした。

「あ、あの、この度はご依頼ありがとう御座います。いや、厳密に言うと私共への依頼ではないのですが」

 曖昧に挨拶を終わらせた道明は、ようやく扉から全身を覗かせた女性の顔色を伺うように視線を上げた。


 三十半ば。想像より若い。ロングヘアーが良く似合っているし、落ちついた雰囲気と清楚な感じが、とても良い。表情からは微かな戸惑いと疲れが感じ取られるが、その事で美しさに一層磨きがかかっているようにも見える。だが危うい。これは、歪み、か? それが道明の女性に対する第一印象であった。

「あの……」

 女性はいまいち要領を得ない道明の説明に首を傾げながら「はじめまして。私は友安青葉と申します。栄都さんもお久しぶりです」と、唯一の顔見知りである栄都に挨拶を向けた。

 女性の声を聞いた事でようやく落ちつきを取り戻した栄都は「お久しぶりです」と、言い争いなどなかったかのような微笑みを一瞬にして創りあげ、青葉に挨拶を返した。


「ああ、ここにいる二人は、私の部下で名を」

「あ、ご挨拶が遅れました。私、狐蔵境生と言いまして、この栄都君とは竹馬の友のような付き合いをさせて頂いております!」

 女性の存在に、美しさに気付いた瞬間、栄都の紹介を妨げ自己紹介を始めた境生に、栄都は汚物を見るかのような視線を投げかけたし、それは道明も例外ではなかったが、境生は二人の様子に気付きつつも一向に構う事なく、財布の中から数少ない名刺を一枚取り出した。


 『日本一妖怪退治事務所―所長 狐蔵境生』


 説明としては正直で、情報量としても悪くない。しかし、名刺を差し出すことによる不安を払拭する効果に関しては、逆に肥大させる可能性が極めて高い。いずれにせよこれで不信感を与えてしまった事は間違いない。道明がそう思いながら名刺を受け取った青葉を盗み見ると、彼女は予想に反し、ただ驚いていたように名刺を見つめるだけだった。予想された拒絶が感じられない。


 道明にとっては不思議以外のなにものでも無かったが、青葉は妖怪退治という職業よりも、どうしてここに来たのか、という点にのみ驚いているようだった。

 栄都もそんな青葉の様子に気付き、少し不機嫌そうに「彼らの事は気にしないで貰いたい」と言った。

「はぁ……」

 色々な事を素直に受け入れてしまうタイプの女性なのか、それともたんに興味がないだけなのかもしれない、などと道明が思いを巡らせていると、青葉は境生にとって、ある意味残酷ともいえる確認方法をとった。

「それではお二人は栄都さんのお知り合いの方なのですね」

 これはつまり、どれだけ怪しくても栄都の知り合いであるならば許容しようという意味だ。勝ち誇った様に栄都が「まあ、そうです。残念ですがね」と言った。

 室内に案内する青葉に従う栄都を恨めしそうにねめつけながら、境生は本日何度目かの舌打ちをした。


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