対決
今は哉来を見たくなかった。見えない事に感謝した。僕にはこれ以上何も言う事が出来なかった。
「そんな……。でも、部屋から出れば……」
「同じだよ。のっぺら坊になった君が見えるだけさ」
境生は悲しそうな声を出していた。
「それに彼女の目はもうすぐ治る。そしたら白以外のものも好きになるかもしれない」
「そんな……、だったら僕はどうやって彼女に気に入られたら……」
境生が哉来へ近づく。
「男はここ、ハートで勝負だ!」
「そんなの無理だよ……」
「どうして?」
「だってお母さんが心配してるの知っていてこんな事やっていたんだもの……」
「それは君のせいじゃない。全て妖怪の仕業だ」
「……」
「白塗りは白に塗る事だけが目的の妖怪なのさ。そのためなら何でもする。君が自分を塗った、いやおそらく君に彼女の事を勘違いさせたのも――こいつのせいだ!」
境生が指し示した先には、ただ白い空間が広がっていた。
奴が動いている。
向う先は青葉か、哉来か――いずれにせよ止める、僕が止めてみせる。それは僕にしか出来ない事なのだから。他でもない、僕に課せられた試練なのだから――
一歩、一歩近づいただけで痣が熱く、熱く反応する。だけど僕は気にしなかった。例え腕が爛れようとも気になどしていられなかった。
「哉来君! 僕らを信じるんだ!」早く――
「で、でも……彼女と会う前から僕はこんな事をしてしまって……、今更……」
「君に憑り付く前はお母さんに憑り付いていたんだ。青葉さんの君に対する愛情が椿姫を呼び、椿姫に隠れていた白塗りが君に憑り付いた。だから君は悪くない!」
今では触れる事が可能なほどに哉来に近づいた境生の声は、哉来を、そして僕を励ましている様に聞こえた。
「私が悪いのっ!」
そして、青葉をも。
「ごめんなさい、哉来……、先生は愛情と仰ってくれたけど、きっとそれは違う。私のあさましい心が椿姫を呼んだのよ! だからっ、だからあなたは悪くないわ!」
「お母さん……」
「哉来君、お兄さんの勘では彼女、君のこと結構気に入ってるぜ!」
「え、嘘?」
「ああ。後はこの妖怪を退治すれば大丈夫。君には何の責任もない。お兄さんの言った事を信じてくれるかい?」
哉来の心に合わせ、新たな繋がりを得た事で、目の前の椿姫であり白塗りである妖が力を増していく。
既に僕には止める、いや近づく事すら困難だった。
だからもう、これ以上は――
「僕、信じるよ!」
零れ落ちた涙が、白を、穢れを払う。そう、彼は白の世界になど居るべきではないのだ。
「良し!哉来君!」
「青葉さん!」
僕と境生の声が重なり、視線が繋がる。
良い気持ちだ。きっと、そうきっと、悪くない。
「君はこれからも自分を白く塗り続けるかい?」
「あなたはこれからも哉来君に白を与え続けますか?」
「もうしない!」
「もうしません!」
いつだって人間の絆は強かった。それが歴史であり、事実なのだ。妖怪と人の繋がりなんて脆く儚い。
僕は繋がりを完全に断ち切られた憐れな妖の前に立ち塞がり、そしてゆっくりと手を伸ばした。
「道明!」
「今度こそまかせてください!」
いつだったか父が言っていた。無色と言うのは、何も無いのではなく実は七つの光がバランス良く交じり合った最高の状態であると。――だから、僕は吠えた。消えた痣が僕に勇気をくれた。妖の体内で僕は精一杯の大声をはり上げた。