消失
「何故だ……」
僕は青葉を見る。
「先生! あれは、椿姫は……」
青葉の心が見たい。考えを知りたい。その奥底にある真実を知りたい。
「どう見ても椿姫なんかじゃありません!」
肢体と呼ぶべき物はある。そして顔、苦悶に歪む顔。それらがどろどろに溶合い、混り合っている。
そして、ぼたりと欠片が落ちた。
「無駄なんだよ、哉来君」
境生の目は僕には向わずに、哉来だけを捉えていた。
「無駄なんかじゃないよ」
哉来の白い世界に小さな影が出来る。彼は、笑っているのか……
そして僕はようやく知った。
椿姫には、白塗りには、宿主が二人居た事を――
そして僕はようやく気付いた。
椿姫を、白塗りを、奴を倒す方法を――
今の僕には父を信じる事が出来る。父が選び出した境生を信じる事が出来る。境生に全てを任せる事が出来る。
「哉来君、君がいくら他人と違うところ、白であってはならないところを白に塗っても、全ては無駄なんだよ」
境生の言葉に、哉来の影が消える。
「雅ちゃんを家に呼んだとき、君は『よくわからない』と言われたそうだね」
「……そうだよ。彼女は白が好きなんだ。だけど、ただ白いだけじゃダメなのさ」
「人とは違う部分が白くないといけないんだろう?」
「へー、よく知ってるね。そ、白い靴、白い肌、白い部屋……。でも、それじゃ足りなかった」
「ま、まさか、それで目を?」
哉来の瞳が僕を捉えた、ように感じる。
「そうだよ。僕は知ってたんだ。ただ勇気がなかった」
「契機は栄都か」
「そう! あの人は僕に街を呉れると言った。僕が王様だよ? 完全じゃないとね。これで、これできっと彼女も気に入ってくれる」
「それは誤解だな」
「誤解?」
「ああ、君は知らない様だが、彼女、雅ちゃんは目が悪いんだ」
そう、なのだ。つまり――
「……何それ?」
「つまり、薄い色は全て白にしか見えない。雅ちゃんはそういう病気なんだ」
僕は雅を想い、哉来を想った。それはとても悲しい作業だった。
雅は産まれながらに白の世界に居たのだ。
「……そう……なの。でもだから何?」
「そう、だから白い部屋に白い君がいたら……見えないんだよ。彼女にはね」
「え?」
そして哉来は白の世界を構築した。だから――
「だから彼女の目には白しか写らない。白しか好きになる事が出来なかったんだ」
だから、哉来は彼女の世界から消えてしまった。