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願い  作者: はー
絡みつく世界
33/38

復活

「おい、青葉さん確りしろ!」

 境生が青葉の前に廻りこみ、青葉を大きく揺らした。

 不味い! 不味い! 不味い!

 どこだ? どこに居る?

「くそっ、さっきさっさと倒しておくべきだった」

 まだ彼女と白いモノの縁が切れていないのか。いや、寧ろ深まっているのか。何故――だが今、縁が切れているのかいないのかを考えている余裕はない。僕が消さなくては!


 目を凝らして辺りを見渡すと、すぐ近くにそれは居た。そう、手を伸ばせば届きそうな程に近く。

「くそ、降りてきたのか」

 その身体の殆どを人工的な白色と同調させた白いモノは、その歯牙を今再び青葉へと伸ばそうとしていた。境生に揺られ、力なく崩れそうになる青葉のすぐ傍まで近寄り、ぐうぐうと蠢いている。もう一刻の猶予もなかった。妄想が、怪異が現実となってしまう。

「先生! 倒しますっ!」

「駄目だ、まだ早いっ!」

「ですが」


 早いも糞もない。これ以上待っていたら、また青葉と結びついてしまう。もし再び繋がってしまったら、それはもう僕の手に負えない気がした。強く、そして深く結びついた縁は僕にも消せない。怪異が確立してしまう。この現代においてそれは必要ない。早く薄めなくては、断ち切らなくては。

 だが栄都はもうこの場所にいない。薄める役者が居なければ、残されたのは退治役の僕だけだ。出来るはずだ。いや、やらなくては。

 僕は自分を鼓舞した。拳を強く握った。僕は境生を無視し、白いモノへと突っ込んでいった。

 右手の痣が焼ける様に熱い。

 これは――


 激しい衝撃を感じた。

 どこを向いているのか分からないが、床に立っていない事だけは分かった。浮いている。動いている。目印がない。怖い。

 次の瞬間、身体が何かに固定された。何だ、どうしたのだ?

「道明っ、大丈夫か道明っ!」

 何か聞こえる。そうだ、答えなくては。声を出さなくては。息をしなくては。

「大丈夫かっ、おいっ、道明っ!」

「は……ひっ……」

 男の腕が見えた。境生の腕だ。

 ようやくおぼろげながら状況を理解する事が出来た。

「良いか、動くな、暴れるな、騒ぐな、良いか?」

 僕は何度も首を縦に動かした。本当に首が思い通りに動いているのか自信は無かったけれど、どうやらちゃんと動いている様だった。

「良し、そのまま手をゆっくりと伸ばせ」

 境生に言われる通り僕はゆっくりと腕を伸ばす。

「そうだ、今手に何か触れているのが分かるな?」

 僕は何度も頷く。

「良し、それが床だ、下だ。大地、分かるな?」

「は、はいっ」

「じゃあ足を置くからじっとしてろよ」

「は、はいっ」

 どうやら僕は逆さになっているらしい。

 床に横向けに寝かされた僕は、ようやく状況を完全に理解した。身体の設置面積が、そのまま安心感に繋がった。

 情けない。重力が、身体にかかる圧力が心地よかった。

 何が村一番の能力者だ……。自責の念はそのまま境生への信頼へと繋がった。境生が頼もしかった。


 境生は僕の前に背を向けてしゃがみこみ、僕を守る様に注意深く周囲を窺っていた。

 その隙間には青葉の顔が見える。今は彼女も化粧を止め、呆けた顔でこちらを見ていた。

「先生、もう大丈夫です」

 僕が立ち上がろうとすると、境生は再び辺りを見渡し僕の顔を見たあと、良しと言って僕の手を引っ張った。

 そうだ、奴はどこに行った? 蠢く気配を目で追う。階段だ。

 白いモノは、二階へと戻ろうとしているようだった。その歩みは遅い。

「見つけたか?」

「ええ、階段に居ます。殆ど動いてませんけど」

「良し、青葉さん、青葉さんっ!」

「え……あ、は、はい」

 どうやら青葉は正気を取り戻した様だった。僕は白いモノを倒すには至らなかったけれど、弱める事が出来たのかもしれない。それともたんに僕らの一連の騒動が彼女を現実へと引き戻しただけなのか。その時の僕は少し弱気になっていた。


 境生は階段の方を睨みつけながら「今のうちにこちらへ」と、青葉を呼んだ。

 青葉は四つん這いになりながらも、ちゃんとこちらへと近づいてきた。

 まだ油断は出来なかったが、少し奴から離れたことで幾分僕は落ちつきだしていた。

 白いモノ、境生、僕、そして青葉が一直線に並ぶ。目の前の境生の背中が大きく見えた。

「だから早いと言うのに」

「すいません」僕は境生の背中に謝った。

「まあ良い。青葉さんも正気に戻ったようだしな」

「すいません」今度は青葉が僕の背中に謝った。

「青葉さん、僕らが居ない間に一体何があったんですか?」

「分かりません、私」

「落ちついていいですよ」

「私、私が……私が原因……私のせい……」

 青葉の混乱した思考に惹かれるように白いモノが反応した。動こうとしている。こちらに近づこうとしている。僕がいない間に、何が起こったのか想像できた。きっと彼女が引き寄せたのだ。彼女は再び願ってしまったのだ。自分の息子を白く塗る自分を信じられずに。そして正当化するために……。

「先生、不味いです!」

「私……私が全ての原因……」

「違います! 違いますよ、全然、全く!」

 境生が振り向いて叫んだ。瞳が真摯の光で溢れていた。はじめて見る顔だった。

 その光に反応してか僅かに青葉が動く。境生の一言一言に身体を痙攣させていた。まだ青葉には境生の声が届いているようだった。


 間に合うか、と思ったが僕は考えを改めた。待て待て待て待て。今の彼女と奴は結ばれていないのだ、結ばれようとしているだけで。ならば今、彼女を説得したところで無駄だ。既に栄都が立ち切っている。そう、そのはずだ。なのに何故奴は力を増している。何故僕に倒せなかった? 僕の疑問をよそに、境生はゆっくりと噛み砕くように青葉に語りかけていた。


「全ては妖怪の仕業です、貴方は悪くない」

「……私、本当は知っていたのです。自分の過ちに気付いていたのです……私、親失格です……」

 止まった。青葉が言葉を取り戻すと奴の動きも止まった。合ってるのか、これで。

「先生、止まりましたよっ」

「良し!」

 境生が青葉を説得すれば奴の動きが止まる。今はその事実を受け入れる。その間に僕は考えなくては。奴を倒す方法を。しかし倒せるのか? 不安が胸を支配する。とにかく今は時間が欲しかった。

 

 僕は奴を正面に据えるため、ゆっくりと境生の前に移動した。

「先生、僕が見張ってますからその間に青葉さんを」

「良し、頼んだぞ」

 境生は僕と奴に背を向け、項垂れている青葉の真正面に右膝をつくと、彼女に向かって静かに問いかけた。その声は慈愛に満ち、相手を慈しむ、そんな安らぎに満ちた響きを持っていた。


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