浸食
「おいおい、お前まで倒れるなよ」
境生に脇を抱えられながら、頭を軽く振ると、眩暈は落ち着いた。
「はは、すみません。緊張と解放が交互に来たから、少し疲れただけです」
「緊張ねえ。あいつの解説聞いてると疲れるだろ」
「ですね。僕なんて何も言えずに、青葉さんの傍で凍ってましたよ」
勿論直接的な理由は違うけれど、あの白いモノが関係なかったとしても、おそらく何も言えず、青葉さんのフォローも出来ずにいただろうと思う。つけ入る隙もないし、つけ込む気概もない。
「青葉さんはリビングにいるのか?」
「いえ、あそこに居ると思います」
「え、あの白く塗られたところ?」
「はい」
「ふーん」
たいして気にする様子もなく、境生は奥へと進んだので、僕も大人しくついていった。境生の背中が少し大きく見えた。
「やっぱり先生がいるとなんか安心だな」
「え、何?」
「いえ、なんでもありません」
「ふーん、お、居た居た」
境生の視線の先で、青葉はうずくまったままだった。それでもどこか先刻と様子が違うと思い、良く目を凝らしてみると、青葉は化粧を直しているようだった。コンパクトだろうか。しきりに顔の前で手を動かしている。不思議に思いながらも僕達は立ち止まって、化粧が終わるのを待つ事にした。
「泣き顔見られたくないんですかね?」
「化粧なんてしなくても充分綺麗なのにな」
「コブつきですよ」
「ばっか、そんなんじゃねえよ」
「怪しいなぁ」
僕としてはロリコンといわれた事に対する精一杯の仕返しだった。
「うっせ」
やはり境生と一緒だとリラックス出来る。父が最終テストとして境生の元に僕を送り込んだのは、やはり正解だったのか。それとも境生と栄都、二人いることが肝心なのだろうか。この二人はセットのようなものだし。一通り思いを巡らせた後、思い出して青葉の様子を窺うと、相変わらず化粧をしているようだった。我慢出来ず声をかけようとしたら、堪えきれなくなったのか、境生が先に呼びかけた。
「青葉さーん」
どうやら出来るだけ明るく振舞うつもりらしい。
「あ、お、ばさーん」
それでも彼女から返事はなかった。栄都に言われた事がそれほどショックだったのだろうか。それとも息子を追いつめてしまった自分を責めているのだろうか。無言を保つ青葉に境生が近づき、そっと肩に手を置いた。
振り向いた青葉の顔は――白に染まっていた。