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願い  作者: はー
絡みつく世界
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接近

 父が言っていたことがある。人は必ず『よくないもの』を創る、のだそうだ。それは時に戒めであり、時に呪であり、時にただ興奮したいがために。信仰の対象にすら悪い面を想像することもある。何故によくない方向へと向かってしまうのか、未だに僕には分からない。結果、いわく、言い伝え、教養を孕みながらも、何故かおぞましい内容の方が、地に、文化に根付いてしまう。この土地に椿姫が根付いたように。恨み、妬み、そういった負の感情こそが人間の根幹だからだろうか。分からない……

 

 偶然にせよ栄都は今、青葉をあるべき姿に戻そうとしている。知ってか知らずか、栄都の発言は青葉の心を矯正している。現代へと、現実へと。弱さと向きあう事は出来なくても、己の弱さ知る事が出来れば、否応無しに現実が青葉へ流れ込む。目を背けていようとも、栄都の言葉は彼女の耳から入り込み、歪んだ思考を突き刺すだろう。


 今の僕には階上のモノを完全に捉える事が出来る。青葉にも視えているだろうか……白の世界にありながら、はっきりと白と認知出来てしまうモノ。輪郭はやはぼやけているのに、とても不思議な感覚だ。人工の白とは何が違うのだろうか。


 それは女のようだった。椿姫を原型としているから当然と言えば当然だと思う。ただ人ではない。人型とは言いたくない。いずれにせよそれは次第に表情を失い、今ではただの塊の様になっていった。白い塊。青葉によって産み出された白いモノ。もうすぐだ、もうすぐ剥げ落ちる。青葉の想いと共に……


「そんな、哉来がどうして自分の靴を汚すのですか」

 今は青葉と栄都の二人に任せておく方が良いと判断した僕は発言を控えた。

「彼はあなたに期待していたのです。今度こそ皆と同じ白い上履きを買ってくれるかもしれないとね。今度こそ気付いてくれるはずだ、と。彼はあなたにサインを送っていたのです」

「サイン」

「そうです。あなたが哉来君に白い上履きを履かせる、他人とは違う事を強要するって事は、こう言うことだと伝えたかったのでしょうね」

「……」

「ところが、あなたはそれに気付くどころか、そんな哉来君を許さなかった。あげくには担任の先生を疑ってみたり、ましてや妖怪の仕業とまで考える様になるとは。哉来君もおかしくなる訳だ。おっとすみません、これは余計な推測でしたね」


 聞いていなかったのか、と疑う程の沈黙があたりに広がった頃、青葉がぽつりと言葉を落とした。

「全部、私のせい?」

 彼女には悪いが僕は同情もしないし、慰めたりなんかも絶対にしない。これは必要な儀式であるし、怪異を産んだ責任は彼女でなければ取ることは出来ない。

 呆けた青葉が突如、膝から崩れ落ちた。同時に階上の白いモノがぐらりと揺らぐ。先ほどより認識がむずかしくなっていた。白の世界に溶け込んだのだろう。このままいけば、いずれはただの白になるはずだ。


 存在を、怪異を知らないままに、存在を薄め、宿主との繋がりを今まさに絶たんとしている栄都を、僕は素直にすごいと思った。栄都は虚構の世界、物語の世界にいるようでいて、徹底したリアリズムがある。本人は嫌がるだろうが、彼は言葉で人を殺せるかもしれない。そしてそれすら当然だと言える雰囲気が栄都にはあった。どうやら境生は無駄足かもしれない。僕が舌を巻きながら褒め言葉を言おうか迷ってる間、栄都はさっさと帰り支度を始めていた。

「急いでいるので僕はもう帰ります。あとはご自身でどうにかしてください」

 青葉は何も答えず、何も動かず、ただぼんやりとして床にへたり込んでいた。


 これ以上、栄都がいると青葉を殺してしまうかもしれないと危惧しながらも、その話術、思考を学びたい欲求が僕にはあった。父が学ばせたかったこと、それが目の前にあるかもしれないという強い期待は、しかし、抜け殻のようになった青葉を見ることで急速に萎んでいった。


「フン、何もしないのか。あなたには親の資格すらないようだ」

 栄都の捨て台詞にも青葉は何も反応を示さなかった。栄都をちょっと酷いとも思ったが、もしかしたら彼なりのエールなのかもしれない。その可能性は低そうだけれども。


 栄都が白の世界から玄関へと踵を向けたことで、一人残された青葉を見ているのが辛くなった僕は、階段を昇る事にした。残念ながらまだ青葉を元気付ける余裕はない。僕にはまだやるべき事があった。栄都が遣り残した最後の仕事。僕だけの仕事。

 繋がりを断ち切られた怪異はほっておいてもいずれ消える。それでも僕は急いだ方が良いと思った。仮に青葉が何か行動してれば、僕も栄都と一緒に帰ったかもしれない。でも彼女はそうしなかった。それ程強くはなかった。いや、そんなに強い人間なんて居ないのかもしれない。母が子を苦しめていたと知ってしまったのだから……


 大きくカーブを描く階段を折り返し、白いモノへ近づく。もう目を凝らさないと見えなくなっていた。ようやく見つけたそれは、あと数歩先のところで蠢いていた。最早人型だった面影も、意識へ強く訴えかけてくる白色も何もない。僕は頬に伝う汗を振り払うようにして拭いさり、一段、そしてもう一段、慎重に足を動かした。


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