主人公
「まずご子息の検査結果ですが、特に異常はありません」
栄都は僕と青葉さんを前に、淡々と説明を始めた。
「あの、それは」
「目にも脳にも、精神にも、です」
「良かった」
青葉は胸の前で小刻みに震えていた手を、ぎゅっと握り締め、小さく吐息をもらした。
「ですので、彼の一般的には異常とされてもおかしくない行動の原因は他にあると考えられます」
「それは」
「その最も可能性の高い原因は、あなたです」
「え、私、ですか」
今度は心底驚いている様だった。落ちつく暇も無さそうだな。僕はようやく、青葉の様子を窺える程には回復していた。
「ええ。あなたは哉来君に白い上履きを履かせていたようですね。何故です」
「それは……苛めを早期発見するためです」
「ほう、早期発見」
「ええ。苛めは持ち物とかに落書きされたりする所から始まるでしょう。ですから少しでも早く見抜くために白い靴にしたんです」
「なるほど」
栄都はちっとも納得がいってないようだった。最初から青葉の答えなど期待していなかったのごとく質問を続けた。
「では、それが逆に苛めの原因になるとは全く考えなかったのですか」
「え」
「子どもたちは自分と違うものを苛めのターゲットにしてしまう事もあるのです。皆が青い靴を履いている中でただ一人だけ白い靴。これは否応無しに目立ってしまう」
「そ、それは」
「哉来君は白い上履きを嫌ってたんですよ。気付いてましたか?」
畳み掛けるような栄都に戸惑ってばかりの青葉は、次第にその声が聞き取りにくくなっていった。
「いえ、あの」
「上履きが汚れていた事がありましたね。あれ、苛めじゃありません。彼が自分でやったんですよ」
「そんな、そんなことするはずありません」
「ならば哉来君に聞いてみると良い。証人もいます」
「嘘」
「僕が言うのもなんですけど、本当です」
僕の言がどれほど信憑性をもって捉えられるかは分からない。でも青葉が栄都に責められるほどに、僕の気分は楽になっていった。決して僕がサディスティックというわけではない。今の栄都の言葉一つ一つが、彼女から澱を剥がしているのだ。痛みを持って、僕のために。
無論、栄都が意識してやっているとは思えない。絶対にないだろう。ただそれでも、栄都と僕とは相性が良いような気がする。もしかしたら境生よりも――
繋がりが薄れれば薄いほどよい。それで奴ら、怪異は弱まってしまう。薄まって、弱まって、縁との結び付きが断ち切れると、怪異は消える。僕の一族は怪異を視る事が出来る。特別なことではない。たんにその存在を知っているから、脳が認識してしまっているから嫌でも視えてしまう、それだけだ。僕の一族でなくとも、一度怪異を知ってしまった人間には、余程のことがない限り視えてしまうらしい。栄都の知らない世界、僕らだけの世界。
僕がそんな村にあって、長を継ぐための試験を受ける事になったのは、僕のもう一つの力、そして僕だけの力によるものだ。怪異を消す力。一族で唯一、受け継がれたという力。不思議な力。僕だけの力。そう、何故ならこれは僕の物語なのだから。