世界
栄都は扉から顔を覗かせ辺りを見渡すと僕に向って言った。
「思ったより遅かったねぇ。それであのアホは?」
「ああ、ちょっと遅れるそうです」
「ん、何が可笑しい?」
「いえ、仲が良いなと思いまして」
「フン、馬鹿馬鹿しい」
寄り道などしていないし、時間的には決して遅くないはずだ。それでも思ったより遅いということは、それだけうちの先生のことを買っているんだな。素早く踵を返した栄都に従い、僕もついて行く事にした。
「ま、良い。君に証人になってもらうとしよう」
「検査結果出たのですか?」
「ああ」
「どうでした?」
境生に止めるよう言われていたが、既に諦めていた僕は、自ら話を先にすすめた。
「今から説明するよ」
そういうと栄都はリビングに居た青葉を招き寄せ、間仕切りの扉へと僕らを促した。
「あの、あそこで説明するのですか?」
「何か問題でも」
「いえ」
いずれは行かなくてはいけないと解っていたのだけど、それでも自分の意思で、自分のタイミングで選択したかった。境生がここに居ない事が、今はなんとなく寂しかった。
いけない、弱気になってどうする。僕がやらなくてはいけないのだ。
栄都は目的地に到着するなり扉を開いた。そして白の世界の中へ。
青葉が続いて境界線を越えた。そして虚ろの世界の中へ。
以前来た時とは比べ物にならない重圧を感じながら、僕はこの世界へと足を踏み入れた。
途端に立ち眩みがした。二人に悟られないように堪えながら、ゆっくりと階上を見あげると――居た。
異形だ。
何だあれは?
一体どうしてあんな姿に……
「大丈夫か?」
栄都が肩を支えた。
触るな――触るな――触るな――
「大丈夫です」
落ちつけ、これは父が僕に課したテストなんだ。
「ありがとうございました」
「フム、それでは説明するよ」
「よろしくお願いします」青葉が丁寧にお辞儀をしながら答えた。
「はい」イエスより短くてよい、なぜならその時の僕には、これが精一杯の発声だったのだから。