思惑
青葉邸から帰る途中、二人は自動販売機に立ちよりコーヒーを買った。車内で境生が雅について一通りの説明をし終え、しゃべりすぎて喉が乾いたと言い出したからである。
「へえ、でもそれってあまり関係無さそうですね」
「ん?」
「雅ちゃんですよ」
「まあなあ」
「せめて彼女の転校がニヶ月以上前だったら可能性あったんですけどね」彼女が転校してきたのは一ヶ月前。一方、哉来が部屋を白に染め出したのは二ヶ月前である。
「可能性ねぇ」境生はテイスティのプルトップを空け、半分ほど一気に飲んだ。ようやく一息ついたのか、暫く思案したあと残り半分を一気に飲み干し、もう一本、今度はエメラルドマウンテンを買った。
「そうそう、それよりなんだっけ、椿姫だっけ」
「そうですよ、もう忘れたんですか」
「そもそもそんなに詳しく調べてないからな。よいしょっと」
境生はコーヒーを片手にもち、面倒くさそうに車に乗り込んだ。
「そりゃあ調べたのは僕ですが、先生にもちゃんと説明したでしょう」
道明は人通りの少なくなった道路へ、車を進めながら呆れた眼差しで境生をチラリとのぞいた。
車は出来るだけ人通りの少ない路地を選び、事務所へと向かっていた。
境生は手にした缶コーヒーを揺らしながら「良いんだよ、大体で。ちゃんと知ってる人の方が珍しいんだから」と、つまらなそうに言った。
何を考えているのだろう。ちらりと横目で見た境生が罪悪感を感じている様に道明には見えた。
「まあ、それはそうですけど……」
暫く沈黙が続く車内で、残ったコーヒーと苦い感情を胸に流し込んだ境生は、吹っ切れた表情で見慣れた風景を眺めた。
「まあ……」
「え?」
「ん、いや、使えそうなところだけ使って、後は臨機応変にってな」
「そうですね……。でも出来るんですか、先生に」
「あ、てめっ、このやろ」
「ははは、さ、着きましたよ」
二人は事務所に到着すると、早速、哉来の担任へ連絡をとった。翌日の十八時であれば時間があると言う。アポイントを取り終えた境生は、窓から暮れ出した街を眺め、思い切り背伸びをした。
「さてとっ、次は椿姫だな」
「え、椿姫が何か?」
「おかしいだろ」
境生は、この事務所にある唯一つのデスク、つまり境生のデスク専用チェアに深深と体を沈めると、考えをめぐらせ始めた。境生に拾われたチェアは、持ち主の思考のリズムに合わせギイギイと音を鳴らした。道明はこの声のような音が好きだった。レギュラーコーヒーを境生のデスクに置いたあと、客用のソファーに腰掛け道明が言った。
「ええ、たしかにおかしいです。って、なんだ、覚えているじゃないですか、椿姫」
「他に何かないのか?」
「何かと言うと、そのそっち系の……」
「そそ」
「ないですね」
「そっかぁ」
境生は道明の返答に素直に納得した。父から何か聞いていたのかな。そう思いつつも道明は何も尋ねなかった。いずれにせよ答えは変わらない。過程は問題ではないのだから。道明は静かにカップをテーブルへと置いた。