準備
境生が道明に教えてもらった家に到着すると、少女と黒いスーツを着た体格の良い男が、玄関前で向き合う様にして静かに立っていた。
少女達が佇む後ろに建っている家は、一般的な日本建築からすると遥かに前衛的であると言えたが、安友邸以外の住宅は全て同じ様な造りをしており、特別な個性といったものはなかった。
良いんだか悪いんだか、そう思いながら境生は周囲を見渡し、次いで黒いスーツの男を見た。同年代か、いや、まだ若いな。鍛えている事を全身でアピールするかのようにどっしりと屹立している男は、何故かこの街には受け入れられていない様に境生は感じた。
近づいてくる境生に気付いた少女は、顔を境生の方に向け、その視線を動かす事なく、境生が近づいてくるのを静かに待っていた。真っ白のワンピースに身を包んだ少女は、背丈に似合わず大人びた感じの可愛らしい顔立ちだったが、その視線はどこか拡散しているようであり、精巧に創られた人形のような感じでもあった。
境生が少女に声をかけようとした瞬間、「お待ちしておりました」と、少女の隣に立っていた黒服の男が境生に向って言った。
「ちっ、せっかく道明に手柄を持たせようと思ったのによ」
男は境生に対しお辞儀をしながら「遅かったな」と言った、ように境生には聞こえたのだが、その声は栄都のもので、良く見ると男の首には小型のスピーカーのようなものがかけられており、どうやらそこから声がしているようだった。
このあんちゃんは、主人と違って礼儀正しいらしいな。
「ん、すまないがもう少し大きな声で喋ってくれたまえ」
「何でもねえよ。相変わらず用意が良いと褒めただけさ」
「このくらいは当たり前の事だよ。少女の両親には既にそこの男が了解をとっている」
「早いな」
「僕は君達と違って、哉来君の見物が終わり帰ってくる所ではなく、見物に出てくるところを見張らせていたのさ。哉来君が車に乗り込む頃には既にご両親に話を始めている」
「ったく、一体何人に見張らせてたんだよ。目立つためとはいえ、あんな下品なクラクションなんか鳴らしやがって」
「たった百人だけだ」
「はっ! あんたのご主人は相変わらずバカだな」
境生は栄都には聞こえない様に男の耳元でそっと囁いたが、礼儀正しいと思っていた男からは、今度は何の反応も得られなかった。所詮この男も栄都側の人間なのだ。
「やれやれ」境生は大袈裟に天を仰ぎ、二人と一声の奇妙なやり取りを聞いていた少女に向って軽くウインクしたが、少女からも何の賛同も得られなかった。やれやれ――