合意
「いいよ、行っても」
その声は唐突に降ってきたように道明は感じた。人、確かに人の声だったのだが、道明には階段の影に在るモノが人だとはっきり認識できていなかった。いや、無意識に思考の枠から人という可能性を除外していた。もしこれが獣のうめき声だったらきっと道明は戸惑いはしなかっただろう。人……。だから道明は狼狽した。
「ふむ、交渉成立だ」
哉来にとって、自分を病院などに行かせようという行為は愚劣以外のなにものでもなかったが、自分の世界を手に入れられるという条件には、大きな魅力を感じていた。渇望していた。
哉来は知っていた。いまのような小さな世界では駄目だと言う事を。
哉来は気付いていた。白が足りない事を。
栄都は素早く携帯を取り出し、通話ボタンを押すとほぼ同時に喋り出した。
「ああ、僕だ。至急第三病院とスタッフ全員を白色に塗ってくれたまえ。あと、そうだな、青葉さん、この家にはヘリポートありますか」
「い、いえ、ありません」
「そうですか。しょうがない、車を一台、こちらも白に。ん、そうではない、全てを、とにかく完全に、だ。言葉通りにすれば良い。終わり次第ここに」
それからの数十分は、その場にいる誰もが殆ど発言しなかった。
時が迷い、重苦しさが堆積する。それでも道明は次第に自分を取り戻しつつあった。自分が一番確りしなくては。それだけを道明は念じながら、車の到着を待っていた。