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願い  作者: はー
ひとつの世界
12/38

栄都

「お、おい、栄都。何聞いていたんだ。無理矢理連れていくのは危険だ」

 不安そうな青葉の気持ちを代弁するかのように境生が言った。

「誰が無理矢理だと言った」

 心外な事を言われ、憮然とした栄都は、何かを確認する様に視線をニ階に移動させた。


 二階へと続く白い階段は数段昇ったところでU字に曲がっており、階下から階上までを目で辿ることは出来ない構造となっている。ニ階部分はほぼ全体、つまりこの家の中央全てが四角形の吹き抜けとなっていて、ニ階廊下からも中庭を見えるようにするためか内壁は約百二十センチ程と高くはない。その壁際にそれよりも高い身長の人、推定身長百三十センチの哉来が立っていれば、階下からもおそらく頭部くらいは見る事が可能だろう。しかし、今は誰の姿も見えなかった。

 道明は哉来の所在を確かめようと青葉へ水をむけたが、既に青葉の眼差しは栄都同様、誰の姿も見えないニ階を静かに捉えており、それはまさしく道明の疑問への回答であった。

 

「哉来君、聞こえているかね。僕は菱川栄都だ。日本では裕福な部類に入り、かつ影響力も、まあ好ましくはないが、ある人に頼めば、それなりのモノを持っているといっても良いだろう」

 栄都の発言に、三人は戸惑いを感じた。

 

 ――

 

「君の行動や心理は通常のものではない。僕はそれを確かめる為にも君を病院に連れて行こうと思う。無論只とは言わない。君が正常と判断され、つまりは僕の考えが謝りだったと分かれば、そして君が本当の白の世界を望むのであれば。そうだね、このような家の片隅だけではない、全ての機能を兼ね備えた白い空間を、いや、一つの完全に白に染め上げた世界を、君に提供しよう」

 栄都の発言に、三人は恐れを感じた。

 

 ゴトリ――

 

「もしも白以外を見るのが嫌だと言うのなら、病院から医者、病院までの移動に使うヘリも完全に白色に塗り上げた物を用意する。うん、これでどうだい」

 栄都の発言に、四人はそれぞれ想いを馳せる。

 

 カチャリ――

 

 どうしても己の黙想に答えが見出せなかった道明が、堪らずに言った。

「え、栄都さん、そんな事言って大丈夫なんですか?」

「そ、そうだ、お前、適当な事言ってんじゃねえぞ」

「あの、私もそのような費用をお支払いできるか……」

「フン、君達には無理でも僕には出来る。無論、費用は全額僕が負担する」

 事もなげに言う栄都の傍らで、道明が「で、出来るんですか」と小声で境生に尋ねた。

「ばーか、そんなの無理に……」

 いや、こいつなら出来るかもしれない。いやそれも違う。出来るのだ、きっと。こいつ、菱川栄都なら……

 境生の逡巡を駄目押しするかのように、栄都が言った。

「境生、僕が一度でも無理な事を口にした事があったかい」

 境生は喉を短く鳴らして、黙りこんだ。


 栄都の事を良く思っていない境生が言葉を詰まらせるのを見て、道明は改めて栄都の器を知った。ただ財があるというだけではこうは出来ないだろうと思う。そう、やはり彼は思考のスケールが普通とは違うのだ。

「でも、そこまでして頂くには」

「あなたは、まあ、それなりにやるべき事はやってたようだし、結果、非科学的な要因に結びつけると言う愚考をしかけた訳だけれども、それでも僕に報酬を支払う約束をし、この僕に解決を依頼した」

 つまり最後の一線を越える事なく、思い留まったと言えない事もない。今回はその事を評価しましょう。


 栄都は相手を褒めているのだか貶しているのだか分からない台詞を良く使う。言われた相手はただ戸惑う事しか出来ない。

「はぁ」

「後はただ待つだけで良い」

 栄都は『僕を信じて』という言葉は絶対に使わない。信じると言う事は、確信ではないからだ。彼にとって、彼の発言は確定事項であり、事実、そうである。

 この短時間で青葉にもそれが分かったのかどうかは定かではないが、ともかく、青葉は栄都に任せる事を決めた。

「栄都さん、どうか哉来をよろしくお願いします」

「お任せ下さい」

「な、なーにがお任せ下さい、だ」

 心の動揺を完全に消し去る事が出来ないまま毒づく境生だったが、非難は完全に空回りしていた。もはや非難とも呼べない、ただの愚痴である。


 栄都は境生のことなど全く気にする様子もなく、声を張り上げて言った。

「さてと、これで良いかい」

「いーや、ダメだね。全く、全然だ」

 思いがけない方向から返答、それも即答だった、があった事に驚いた道明だったが、返事をしたのは境生だと言う事にすぐ気付き、ほんの少し顔をしかめた。当然、栄都もこれ以上ないくらいの侮蔑と不機嫌を顔にへばり付けて、静かに境生に言った。

「君には聞いてない」

「代弁してるんだよ、なあ?」

 まさか……道明は境生の視線の先を追った。そこには、先ほどと同じく二階へと続く階段が有っただけだった。素早く視線を階上、階段が行きつく先へと移す。低い壁に阻まれた影――白の隙間――道明はそこに、ひっそり蠢く何かの気配をはっきりと感じ、軽い眩暈を覚えた。


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