自信
ふう、とため息を一つつき、栄都が言った。
「青葉さん、あなたがご自身への言い訳に、そこの男の言う非科学的な事象を利用するのは構いませんが」
「そ、そんな事」
「おい、栄都」
「うるさいな、君は黙っててくれ」
「んだと、この野郎!」
「先生!」
栄都は、今にも掴みかかりそうな境生と、それを慌てて止めに入った道明に、「フン」という鼻息と侮蔑の押し詰められた視線を一瞬くれただけで、後は何事も無かったかのように青葉に向け、話を続けた。
「失礼しました。あなたは哉来君を病院か何かに連れて行かれてましたか。いや、それ以前に彼の行動理由を直接お聞きになられましたか」
「いえ、あの、どちらもやってみようとはしたのですが……」
「何故です」
「え」
「断られた理由ですよ」
「ああ、えーと、その、私には教えたくないとだけ」
「病院の方は?」
「行きたくないと……」
「――青葉さん」ため息をつきながら栄都が言った。
「あなたも既に充分に大人だ。私がどのような情報を聞きたいのか、いや、聞かれなくともあなたご自身が自ら伝えるべき情報が何なのか、当然ご理解しておられる筈です」
道明は思う。確かに青葉さんは変だ、哉来君に『行きたくない』と言われて『はい、分かりました』で終わる筈がない、行きたくない理由を尋ねただろうし、だとすればそれをここで言うべきだ、と。
栄都は続けた。
「言いたくないのなら構いません。それも仕事の範囲と線引きすれば良い。しかし、いずれ僕はその原因を突き止めるでしょう。その情報が必要だと思うからです。そして――」その情報を得るための手段は選びませんよ、栄都はそう言った。
大気の振動が止み、固着された四人の外殻を割ったのは、瞬間的に容量を増す事で限界まで引き伸ばされ、もはや放出する事しか叶わなくなった青葉の肺が奏でた、小さな、しかし確固たる決意の言霊だった。
「汚れるから行きたくないと。いえ、これでは同じですね、申し訳ありません。体が……折角塗った身体が汚れるから、だから行きたくないと、そう言われました」
「体、ですか」
「はい、哉来はこのような壁だけでは有りません、自分の体をも白色に染めています」
「か、体を染めるって……一体どうやって? いや、そもそも何でそんな事を」
道明は、白の空間に溶け込んだ一人の少年を想像したが、はっきりとしたヴィジョンが得られぬままに、ただ思った事を口にした。
「悪いが今は僕が話している」
「あ、すいません」
「これは推測になりますが、哉来君は体が汚れるというより、白以外の色を見る、あるいは身に着ける事を嫌がってる様に思えますが……」
「そうかもしれません。私もそのような感じが致します。しかし、いずれにせよ同じ事です」
「同じとは?」
「哉来が何を嫌がっていようとも私にはどうする事も出来ない、という事です。病院の先生にも会ってくれませんし、外にだって出てくれません」
哉来はこの白の領域から一歩も外に出ません。無理に連れだそうものなら――死んでやる――そう言われました。青葉の頬を滑る様に零れた涙がその温度を失う頃、栄都が一つの決断を下した。
「よろしい。ならば僕が息子さんを病院に連れていきましょう」
そう言った栄都の瞳からは、怒りが剥げ落ち、ただただ自信だけが充満していた。