自責
「しかしよくもまあ、ここまで放置していたものですね」
ひとしきり確認の終わった栄都が、青葉に向って言った。
「え、いえ、あの」
「しかも、わざわざこんな間仕切用の扉まで用意して。まさか哉来君の自作ではないんでしょう?」
「それは……、そうです。ですが」
「まあ、扉を仕立てたのはこのように色を塗る前だったかもしれませんがね。塗り出してからもそのままとは。まるでゴミ箱に蓋をしたようだ」
青葉の言葉を途中で遮り、栄都は非難を隠そうともせずに容赦なく言った。
静寂と緊迫が綺麗に比例し、そして増幅していた。
おそらくこの中で一番感情的になっているのは僕かもしれない。ずっと発言を控えていた道明はそう感じていた。何故だかは分からない。でもそう、確かに、母一人では難しい年頃なのかもしれない。まして、頼りになる父、弘哉氏が亡くなってからまだ一年しか経っていない。青葉さんをとりまく環境も知らない。もしかしたら彼女は他にも問題を抱えていて、今の状況は一人の人間の容量を越えているのかもしれない。しかし……「しかし、ここまで……たった一人の親であるあなたが、家中がこんなになるまでほっとくなんて」これでは、これでは単にほったらかしにしてたのと変わらないじゃないですか…・・・苦しそうに声を押し出した道明の肩に、境生がそっと手を置いた。
「青葉さん、俺はあなたがどんな気持ちでいたか知らないし、何をしたかも知らない。しかし、このような状態を望んでいたのではない事だけは分かります」
そうだろ? そう問い掛けるような境生の視線の先には、青葉ではなく道明がいた。
「……そうですね。だから依頼した。はい、すいません。そう、僕が間違ってました」
完全に落ちついたわけではなかったが、道明は素直に己の非を認めた。それは納得というより、依頼者を責める事が、個人的にも会社的にも明らかに逸脱している行為だと気付いたからだった。境生は満足そうに小さく頷き、先ほどからただ苦しそうに話を聞いていた青葉に向かって言った。
「これね、妖怪ですよ」
「え?」
強い恥辱と自己嫌悪に身を委ねていた青葉だったが、境生の思ってもいない台詞に強制的に現実に引き戻された。
「だから、これらは全て妖怪の仕業です」
「妖怪……そ、それは」
「ええ、本当です」
「妖怪……」
青葉が妖怪と言う言葉の意味をどれほど真剣に検討していたのか、それは道明にも分からなかったが、彼女の思考の中に多少の隙間を作る程度には機能したようだった。
しかし、次の瞬間、この場にいる者達から弛緩を奪い去るように、栄都が「境生!」と短く叫んだ。
栄都の口から初めて聞いた『境生』という響きは、この場にいる全ての者から、しばしの言葉を奪うに充分なインパクトを持っていた。このときばかりは境生も驚き、真剣な眼差しで栄都を見つめた。