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旅先の出来事

ヴェネツィア 1991年の旅の記憶

掲載日:2026/01/31

1991年4月12日

 列車の座席で一晩を過ごした朝、ギリシアからイタリアへ渡る船の廊下に張り出されていた簡易的な時刻表には駅名が「ヴェネツィア」としか表記されていなかった事に気が付いた。

 ガイドブックによるとヴェネツィアと呼ばれる駅はふたつある。水の都としてイメージされる島にあるのが「ヴェネツィア・サンタルチア駅」、リベルタ橋で島と結ばれた本土側にあるのが「ヴェネツィア・メストレ駅」。私たちが行きたいのは「ヴェネツィア・サンタルチア駅」なんだけど、列車によってはメストレ駅までしか行かないので注意、と書いてあった。

 なんか急に不安になってきた。このまま寝不足の頭でぼーっと乗っていたらサンタルチア駅には行かず、トリエステの方へ行ってしまったりするかも。

 とか悩んでいたら検札が来たのでユーレイルパスを見せる時に、このまま乗っていればちゃんとサンタルチア駅に着く事が確認できて一安心。昨日みたいに声をかけてからイタリア語の文章を度忘れしないよう、ちゃんと本を調べて「Questo(クエスト) treno (トレノ)ferma(フェルマ) alla(アラ) stazione(スタツィオーネ) di(ディ) Venezia(ヴェネツィア) Santa(サンタ) Lucia(ルチーア)?」って()けたし。


 サンタルチア駅に到着。いつもなら直接宿に足を運ぶのだけど、目当てのユースホステルは今いる本島でなくジュデッカ島にある。水上バス(ヴァポレット)の運賃を使ったあとで満室だと悲しいので駅の公衆電話から空き室確認。そのまま予約。


 ヴェネツィア大学の学食は部外者OKと聞いていたので探してみたけど見つけられず、セルフサービスの食堂へ。たいして食べていないのに二人で31500リラもかかってしまった。


 サンマルコ寺院は一部修復中。中は薄暗く、光量が足りない為に後で確認した写真はちゃんと撮れていなかった。天井画にはフラッシュ届かないし。

 黄金の祭壇画の見学は2000リラ。ここは撮影禁止。

 高さ98.6mの鐘楼にはエレベーターで一気に昇る。眺望は最高。

 小遣い帖に内訳を書いていないのだけど、サンマルコ寺院で友人と二人で合計1万4千リラ使ったとあるから、鐘楼の入場料は一人5千リラだったと思う。

 

 ユースホステルで泊まった部屋は鉄製の二段ベッドがずらりと並んだ30人部屋。しかもマットレスを支える部分がゆるゆるで、ハンモックみたいに真ん中がへこむ。マットのスプリングがダメになっていて部分的に下の固い板を感じたベッドは日本でも職場の研修所で経験したけど、ベッドが板でもすのこでもなく細いパイプとスプリング製というのがなんとも。

 料金は朝食付きで一人一泊1万5千リラ。

 朝食はちっちゃくておいしくないパンひとつとチェリージャム、どんぶり1杯(カフェオレボウル)のドリンク。紅茶()カフェオレ(カフェコンレッテ)が選べた。

ガイドブックには載ってなかったけどメストレとサンタルチアの間、橋の手前にポルトマルゲラ駅がありました。

紅茶のイタリア語はtè neroテ ネロだけど、みんなカウンターで「テ」としか言ってなかった。お茶といえば紅茶でしょ、って事なのね。

公衆電話代は200リラ(最低料金)

当時100リラ11.5円ちょいで両替してました

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