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俺はVtuberのモブ視聴者・・・だよね!?

作者: 川島由嗣

数ある作品から本作品を選んでいただきありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。


注意:本作品にはVtuberの話題が出てきますが、VtuberやVtuber視聴者を貶める意図はございません。

   ご理解のほどよろしくお願いいたします。

「なあ〜博〜。メロンちゃん可愛くないか!?」

「ああ。そうだな。」


 俺、神谷博は曖昧に頷く。話し相手は親友の如月桂だ。大のVtuber好きで、色々なVtuberを追いかけて配信を見ている。そして俺に布教してくるのだ。

 Vtuber。某大手配信サイトでバーチャルなキャラクターを動かし、配信をしている人達の事だ。配信による広告収入や、スパチャという制度を用いて視聴者からお金を貰うことで、収益を得ている。配信業で生活をしている人もいれば、趣味で配信をしている人もいる。昔は顔出しで配信するか、声だけの配信が主流だったが、現在ではバーチャルなキャラクターを動かし、アイドルとして売り出している人も多い。Vtuberは今や一大産業で、企業とのコラボ配信等、大きな金が動いている。アイドルと同じく、専門の事務所を構えるところもあり、トップレベルのVtuberの収入は億近くになるとか。


「俺、次の小遣い入ったらメロンちゃんに赤スパチャ投げるんだ〜。いつも配信してくれてありがとうって!!」

「お前、前も別のVtuberに赤スパチャしてなかったか?あれって確か1万円以上投げる事だろ?よくそんなお金あるな。」

「お金はない!!だから放課後になんか奢ってくれよ〜。」

「嫌なこった。スパチャを無理のない金額にすればいいだろ。」

 

 Vtuberに熱中するがあまり、スパチャをしすぎて生活が苦しくなる人もいる。俺からしてみれば、わざわざスパチャしなくてもいいと思うが、投げる人達なりの思いがあるのだろう。

 そんな事を話していたら、誰かが俺の肩を叩いた。俺はそちらに振り返る。振り返った先には1人の女子生徒が立っていた。


「楽しそうで何よりだけど、もう少し声量はおとしたほうがいいと思うよ。」

「あ、平野さん。」


 俺達に声をかけてきたのは図書委員の平野薫さんだ。黒髪ロングでぱっちりした目にスレンダーな体型。それでいて物静かな佇まい。図書委員なこともあり、清楚系美少女と言われている。男子生徒達の間で人気な女性だ。


「ここは教室だし、お昼休みとはいえ皆もいるからね。あんまり煩くしないほうがいいと思うな。」

「ごごごごごめんなさい!!」


 桂が慌てて頭を下げる。そう。今はお昼休みで皆が普通に食事をとっている。そんな中、桂の大声が教室中に響くのだ。あまりいい気はしないだろう。よく見ると周りからの視線が痛い。俺も一緒に頭を下げる。


「ごめんな。平野さん。こいつ話しだしたら止まらなくてさ。」

「ううん。もう少し声量を押さえてくれれば大丈夫だよ。それと、さっき放課後の話をしていたけど、放課後は図書委員の仕事があるからね。忘れないでね。」

「わかってる。」

「ならいいんだ。じゃあまた後でね。」


 そう言って平野さんは自分の席に戻っていった。彼女は席に着くと、近くの友人達と楽しそうに話を始める。桂は平野さんと話をできたのが嬉しいのか、隣で興奮していた。


「ひひひひ平野さん。相変わらずお美しい!!」

「だから声量を落とせって。第1、お前Vtuber推しじゃなかったのかよ。」

「3次元には勝てん!!俺らも花の高校生!!彼女が欲しい!!」

「Vtuberに金を貢いでる間は無理だろうな・・・。」


 そんな事を話しているうちに昼休みはあっという間に過ぎていった。そして放課後になると、俺は図書室に向かう。桂は推しのVtuberの配信があるからと急いで帰っていった。図書室につくと、平野さんはもう既に来ていた。


「神谷君。来たんだね。じゃあ始めようか。」

「うん。」


 そして俺らは図書委員としての仕事を始めた。とは言ってもたいしたことはしない。返却された本を棚にしまったり、本の貸出の手続きをしたりだ。普段は職員の人がしているが、放課後だけは生徒がやる。人件費削減なのだろう。世知辛い世の中だ。図書委員は複数人いるが、今日は俺と平野さんの番だ。図書室の中では静かにしなければいけないので、話すことはほとんどない。黙々と手を動かす。それにしても平野さんは静かにしていても絵になる。俺は作業をしながら横目で彼女を盗み見ていた。

 そして図書室が閉まる時間になり、戸締まりをして俺等は一緒に帰る。家が近いので、図書委員が一緒の時はいつも俺が彼女を家まで送っていくのだ。図書室が閉まる時間はそれなりに遅い。1人は危ないからと俺から提案したのだ。最初平野さんは断ったが、俺が押し切った。ただでさえ平野さんは美人なのだ。ナンパされた事も多いという。別れた後に何かあったら後悔してもしきれない。


「そういえば、お昼にVtuberの話をしていたけど・・・。」

「うん。平野さんもVtuberを知っているの?」


 Vtuberは女性だけでなく男性もいるし、人種も日本人だけでなく外国人もいる。顔をださなくて良いので、中の人がどんな人なのかは全くわからない。ボイスチェンジャーで性別を偽っている人もいるとの噂だ。たまに実写配信をして顔が映り込んでしまう人もいるが。


「少しだけ知ってるかな。如月君ほどじゃないけれど。神谷君にも推し?っていうのがいるの?」

「うん。いるよ。別にスパチャしたりコメントとかはしないモブ視聴者だけど、いつも見ている人ならいる。」

「へえ・・・ちなみにだれか聞いても良い?」

「いいけど・・・。知らないと思うよ。赤坂ヒナノっていうVtuber。」

「え・・・。」


 平野さんが急に立ち止まる。振り返ると彼女は驚いた顔をして固まっていた。俺は首を傾げる。


「どうしたの?」

「う・・・ううん。赤坂ヒナノなら私も知っていたからびっくりしちゃって。」

「へえ。意外。知っているんだ?」

「う・・・うん。」


 赤坂ヒナノは事務所に所属していない個人のVtuberだ。それなのにチャンネル登録者数が20万人を超えている。彼女はFPSのゲーム配信を中心に配信しているが、アニメの同時視聴等幅広くやっている。実写は一切出さないが、キャラクターも可愛く、綺麗な声で人気だ。


「ちなみにどんなところが好きなの?」

「色々だね。まず配信時間があってるんだよね。長時間配信はしないし、平日の夜と休日だけの配信だから学生にはちょうどいいんだよね。後、物静かなところが好きだな。彼女、FPSをやっているけど、主にスナイパーライフルを使っていてね。騒いだりせずに、一発一発確実に仕留めていく感じが大好き。後、アニメの同時配信で意見を言うんだけど、その意見が俺の意見と合っていることが多くて嬉しくなるんだよね。」

「そうなんだ・・・。」

「あ、ごめんね。勝手に語っちゃって。」


 俺は頭を下げる。推しの事を聞かれて1人で盛り上がってしまった。俺も桂のことは言えないなと反省する。だが、平野さんは微笑んでくれた。


「ううん。赤坂ヒナノがすごい好きなのがわかった。聞けて嬉しいよ。」

「それで、平野さんは?」

「え?」

「彼女のどんなところが好きなの?」

「神谷くんと大体同じ・・・かな。本人は物静かなところを気にしているみたいだけど。」

「それは彼女の長所だと思うんだけど。それにしても嬉しいな。彼女の話ができる人がいるなんて思いもしなかった。」

「私もだよ。ねえ。彼女のやっているゲームやったことある?」

「ああ、あるよ。それはね・・・。」

 

 そうして、俺と平野さんは彼女の家に着くまで、赤坂ヒナノ関連の話題で盛り上がるのだった。

 それから俺と平野さんは良く話すようになった。前から図書委員の作業の時は一緒に帰っていたが、どこか距離があった。しかし赤坂ヒナノの話をしたあの日からそれがなくなった気がする。やはり共通の話題がある事は大きい。Vtuberの話題だったり、赤坂ヒナノがやっていたゲームの話だったり、同時視聴していたアニメの話題等々。話をして初めて知ったのだが、意外にも平野さんはオタク趣味らしい。少し恥ずかしそうにしていたが、俺にとってこんなに嬉しい事はない。桂以外にVtuberの、それも推しの話ができるのだ。

 そんなある日、家で赤坂ヒナノの配信を待ちながら、ネットニュースを見ていた俺は、気になる記事を見つけた。


【チート疑惑!?あの赤坂ヒナノがFPSでチートをしている可能性有!!】

「なんだこれ・・・。」


 俺は慌ててその記事を開いた。記事によると、FPSで赤坂ヒナノが使用しているスナイパーライフルのヘッドショット(一撃必殺)率があまりにも高いことから、照準を補正するチートを使っているはずだと主張する記事だった。記事の作者がスナイパーライフルを使っている時の手ブレと、彼女がスナイパーライフルを使った時の手ブレの差異を記載し、あまりにも手ブレがなさすぎることからチートを使っているのではないかと疑っているらしい。

 いいがかりとしかいえない記事だった。赤坂ヒナノを使った閲覧数稼ぎが目的の記事だろう。ネット記事の作者はFPS初心者、よくて中級者だろう。慣れていない人がスナイパーライフルを使えば、照準はぶれるに決まっている。そもそも、彼女が遊んでいるFPSはチート対策に力を入れていて、チートを使っていた人が何人もアカウントを削除されている。

 恐る恐るその記事のコメントを見ると、その記事には何百ものコメントが付いていた。コメントの内容はほとんどが赤坂ヒナノを非難するコメントだった。もちろん擁護のコメントや記事の内容について指摘するコメントもあるが、多くは「チート許せねえ!!」とか、「運営に通報しました」、「失望しました。ファン辞めます。」等の悪意あるコメントだった。ここに書いている人は本当に彼女のファンなのだろうか。ネット上にコメントを書くだけなら誰でもできる。煽ったり、足を引っ張たりして他人が墜ちるのを楽しみたい人の仕業だと信じたい。

 赤坂ヒナノはこの記事を知っているのだろうか。そんなことを考えつつ、彼女の配信を待った。彼女の配信が始まると、案の定酷いことになった。今日は雑談枠だったが、配信開始から、チートについて責めたり、質問したりするコメントが多数寄せられたた。彼女はアタフタしていたが、視聴者の一人が記事のURLを張るとそれを確認したのだろう。驚きつつも信用されなかったのが悲しかったのか、涙ぐんでいた。


「信用してもらえないのは悲しい。私は絶対にチートをしていません!!」


 そう言って、チートに関するコメントには極力触れないようにしていた。しかし、悪意は伝染する。チートに関するコメントが絶えず流れ、炎上状態になってしまっていた。そして彼女を放置して、彼女を責めるコメントと、彼女を擁護するコメントで論争が始まってしまった。その流れに耐えきれなくなったのか、彼女は30分程度で配信を切り上げてしまった。


「これは・・・きついよな。」


 俺はパソコンの電源を落とし、ため息をついた。不正をしていないことを証明するのは難しい。運営に協力してもらい声明を出して貰えば別だが、たかが1ユーザーのためにそこまではしないだろう。

 その後、赤坂ヒナノの個人のブログで、少し配信を休む事が告知された。1ファンとしては悲しい限りだ。だが、俺1人が発言しても意味がない。大多数の意見に飲まれてしまうだろう。ただでさえ、俺は普段コメントもしないモブ視聴者なのだから。俺は怒りを必死に抑えることしか出来なかった。

 翌日、学校に登校すると桂が話しかけてきた。


「なあなあ。博。見たか赤坂ヒナノの記事。」

「・・・ああ。」

「きっついよなあ。やってもいない事をでっち上げられて炎上するなんて。Vtuberの足を引っ張って何が楽しいのかね。彼氏がいたとかなら話は別だけど。あれはきついよ。」

「お前は・・・信じるのか?赤坂ヒナノの事。」


 こいつの事だから炎上を面白がるのかと思っていた。そうしたらぶん殴ろうと思っていたが。そう言うと桂はキョトンとしていた。


「だってお前の推しだろ。お前の目は信用しているし。」

「そっか・・・。ありがとな。」

「それに俺は全Vtuberの味方だからな!!Vtuberに悪いやつはいない!!皆清楚で穢れの無い子達なのだ!!」


 最後の一言は余計だったが、改めてコイツが友人で良かったと思った。コイツの明るさにかなり救われた。

 そんな時、平野さんが教室に入ってきた。いつもより遅めの登校だ。彼女は荷物を自分の席に置くと、俺の元にまっすぐ歩いてきた。桂が緊張して背筋を伸ばす。


「ひひひひひ平野さん。おおおおおはよう。」

「おはよう平野さん。」

「おはよう神谷君。如月君。・・・神谷君。突然で申し訳ないけど、今日一緒に帰らない?話したいことがあるの。」

「俺に?」


 平野さんは頷く。よく見ると目元が赤く表情がいつもより暗い。泣いていたのだろうか。話しといえば間違いなく赤坂ヒナノの事だろう。俺は頷いた。


「いいよ。今日は特に用事もないし、一緒に帰ろう。」

「・・・ありがとう。」


 彼女はほっとしたのか、安心したように微笑むと自分の席へ戻っていった。彼女が去ると桂がすごい勢いで掴みかかってくる。


「なんでお前が平野さんと!!」

「同じ図書委員だからだよ。きっと図書委員の事で話をしたいんじゃないか?」

「ちくしょぉおおおおおおお!!俺が図書委員になっておけばよかった~!!」


 桂は悔しそうに叫んでいる。平野さんがオタク趣味なのは秘密にしてほしいと頼まれているから、桂にも彼女の事は教えていなかった。平野さんとお近づきになれるのが嬉しいのはわからないでもない。だが、今回は明るい話ではないだろう。


「ごめんね。急に。」

「別にいいよ。朝も言ったけど、特に用事なかったし。」


 放課後。俺は平野さんと帰り道を一緒に歩いていた。彼女の表情は暗く、辛そうな顔をしている。いつもであれば赤坂ヒナノの話題で盛り上がるが、今日はお互い無言のままだった。そんな時、急に彼女がこちらを見た。


「ちょっとさ。寄り道してもいい?」

「いいよ。」


 彼女に連れてこられたのは小さな公園だった。彼女は公園にあるベンチの上の土を軽く払い、そこに座る。俺もつられて横に座った。


「・・・。」

「・・・。」


 座った後もお互い沈黙のままだった。何か話したいことがあるのだろうが、うまく言葉にできないのかもしれない。俺から促すべきだろう。


「それで、どうしたの?」

「うん・・・赤坂ヒナノの事なんだけど・・・。」

「うん。」

「あのネット記事を読んですごくショックで。わ・・・彼女は絶対にそんなことはしない。いいがかりなのに配信はあんなに荒らされて・・・。」

「うん。俺も彼女は無実だと信じているよ。」

「本当に?」

「本当だよ。彼女はゲームやアニメを純粋に楽しんでいると思っているから。」

「・・・そっか。」


 平野さんは嬉しそうに笑うが、すぐに辛そうな表情に戻ると顔を伏せた。先日の炎上が余程堪えたのだろう。1度隙を見せたら引きずり落とそうとするなんて、インターネットは本当に怖い。コメントだけなら何を書いてもいいと思っているのだろうか。俺はイライラが止まらなかった。だが、まずは平野さんだ。彼女を元気づけなければ。


「彼女の件は辛いけどあんまり感情移入しすぎないで。俺達は所詮モブ視聴者でしかない。俺達じゃあ彼女を助けてあげることはできない。」

「・・・そうだね。」

「俺はそれよりも平野さんが心配だよ。難しいかもしれないけど、ちょっと赤坂ヒナノから離れてみたら?違うことで楽しめるかもしれない。」

「うん・・・。ありがとう。」


 励まそうとしたがあまり効果はなかったようだ。赤坂ヒナノが彼女の中でこんなにも大きい存在だったとは。俺は無力感に打ちひしがれる。そんな時、彼女が俺にもたれかかってきた。いきなりの行動に俺は慌てる。


「ひ、平野さん!?」

「ねえ・・・。」

「う、うん?」

「もしも、もしもだよ。赤坂ヒナノの中の人が近くにいたとしたら、彼女にどんな言葉をかけてあげる?」

「赤坂ヒナノが?」

「うん・・・。もしもの話。」


 ありえない想定だが彼女の目は真剣だ。ここでありえないよと一蹴するのは失礼だろう。それに話をする事で彼女の気が少しでも楽になるのなら答えてあげたい。赤坂ヒナノの中の人が近くにいたとしたら・・・。考えると答えは直ぐに出た。


「何も言わないかな。」

「え?」

「推しとは言っても俺は所詮モブ視聴者だし。俺なんかが彼女の生き方に口を出したらいけないと思う。」

「で、でも、今回の事で凄く辛そうにしていて、何でもいいから意見が欲しいって言ってきたら?」

「そうだね・・・。」


 俺はもう1度考えてみる。例えば赤坂ヒナノが平野さんみたいにすごく落ち込んでいて、見るに堪えられなかったとしたら。そう考えたら自然と答えは出た。


「周りを気にせず、好きなことを続けたら?っていうかな。」

「え?」


 平野さんが驚いた顔でこちらを見る。そんなに変なことを言ったつもりはないんだけど・・・。まあありえない仮定だから話してもしょうがないんだが。俺は内容を補足するために口を開いた。


「Vtuberをやる理由ってさ。もちろんお金もあるだろうけど、皆と楽しみを共有したい、皆と盛り上がりたいってことだと思うんだよね。少なくとも赤坂ヒナノは後者だと俺は勝手に思ってる。」

「う・・・うん。私も彼女はそういうタイプだと思うかな。」

「それだったらさ。それを貫き通せばいいんじゃないかな。例えチャンネル登録者が少なくなろうとも、自分を大事にしてくれる人達と一緒に盛り上がることができるのなら、それだけで楽しいと思うんだよね。」

「・・・。」

「それに悪意あるコメントをしている人達って、かまって欲しい人達がほとんどだと思う。だから相手にしなければ自然と消えていくんじゃないかな。さすがに配信を続けられないくらい荒らす人はコメントできないようにした方がいいと思うけど。」

「そうだね。うん。」

「大事なのは、誰と何で楽しめるかじゃない?応援してくれる人や一緒に楽しんでくれる人がいるんだったら、例え人が少なくとも、俺はそれでいいと思う。」

「・・・。」


 赤坂ヒナノは配信をお金のためではなく、楽しんでやっているように見えた。それであれば、別に万人に受ける必要なんかない。たとえチャンネル登録者が100人になろうともその人達と楽しめればいいのだから。そこでハッとする。随分語ってしまった。気持ち悪がられてはいないだろうか。


「ごめんね。いっちょう前に偉そうなことを言って。これは俺の意見だから気にしないでね。」

「ううん。ありがとう。なんだかすごい気が楽になった。」


 そう言って平野さんは俺の肩に頭をのせたまま、ゆっくりと俺の手を取った。俺はびっくりして、平野さんを見る。


「平野さん。手・・・。」

「あ、ごめんね・・・。急に。少しだけ、少しだけこうさせて・・・。」

「う・・・うん。」


平野さんは俺の手を握りしめたまま動かない。恥ずかしいのか、顔を赤くしている。俺も顔が赤くなっているだろう。だが突き放したりはせず、されるがままになっていた。

どれくらいの時間が経っただろうか。彼女は何度か深呼吸をすると俺から離れ、笑顔でこちらを見た。


「もう大丈夫。本当にありがとう。私、ずっと気に病んでいたから。神谷君に相談していなかったらずっと1人で泣いていたと思う。」

「それはよかった。でも平野さんって本当に優しいんだね。」

「え?」

「だって、赤坂ヒナノの事をまるで自分の事のように考えられるなんて。俺だったらそんなことできないよ。」

「そ、そうかな。ちょっと感情移入しすぎちゃって。」

「でも、誰かのために泣いたり悲しんだりできるのは、平野さんの良い所だと思う。俺は素敵だと思うよ。」

「神谷君・・・。」


 平野さんは俺の言葉が嬉しかったのか急にもじもじし始めた。その姿がとても可愛らしい。だけど誰かのために泣いたり悲しんだりできるなんて、平野さんは本当に優しい人だと思う。


「でも神谷君もだよ。例え話でも、真剣に考えて回答してくれる神谷君も素敵な人だと思う。」

「惚れちゃった?」

「あはは。かもね。」


 平野さんが楽しそうに笑う。うん。これだけ笑えるならもう大丈夫そうだ。彼女が赤坂ヒナノにそこまで感情移入できる理由はわからない。きっと聞いても教えてくれないだろう。だが、彼女が元気になった。それで充分だ。

 平野さんはベンチから立ち上がると、俺に向き直った。


「今日はありがとう。付き合わせちゃってごめんね。」

「うん。じゃあ帰るかい?今日は早い時間だけど送るよ。」

「ありがとう。それじゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな。」


 そうして、俺は平野さんを家に送っていった。家に入る前に何かを思い出したのか、平野さんはこちらに振り返った。


「そうそう。赤坂ヒナノはすぐに復帰すると思うよ。神谷君が言ってくれた通り、自分を応援してくれる人達を大事にする配信者としてね。」

「そうなんだ。だと嬉しいな。彼女の配信は俺も好きだから。」

「うん。また、彼女の配信内容で話をしようね。それじゃあまた。」

「うん。じゃあね。」


 平野さんが家に入るのを見届けてから、俺も自宅に帰った。

 自宅に帰ってから赤坂ヒナノのブログを見ると、平野さんの言う通り、赤坂ヒナノが3日後に配信を再開することが告知されていた。予想以上に早くて嬉しい。彼女の配信が楽しみだ。

 そしてあっという間に3日が経ち、赤坂ヒナノの復活配信がやってきた。復活と言っても数日だったので、少し休んでいた程度だが、数千人が彼女の配信を見に来ていた。今日は雑談枠とのことだったが何を話すのだろうか。そう思う中、配信がスタートした。


「こんにちは~。お休みしちゃってごめんね~。赤坂ヒナノ、復活しました!!」


 声を聞いた感じでは無理しているようには思えなかった。少し安心する。コメントでは彼女を心配する声が多かったが、中には「チーター辞めろ。」「あざといんだよ。」等、悪意のあるコメントをする人もいた。


「皆気になっているだろうから最初にお話するね。繰り返すけど、前に言った通り私はチートなんて一切していません!!申し訳ないけど信じられない人とはそこまでかな。証明する手段がないから。私は、私を大事にしてくれる人達と配信を楽しみたいからね。あまりにも目障りだったらコメントできないようにさせてもらいます。」


 その言葉に賛否両論あったが、好意的なコメントが多いように見えた。やはりネット記事のコメントは純粋なファンではなく、悪意ある人達が書いていたようだ。俺としてもそれで正解だと思う。俺はモブ視聴者なので特にコメントをしたりはしないが。実際に彼女が悪意のあるコメントを削除していくと、コメント欄は大分スッキリしたように見えた。悪意のあるコメントを完全に消すことはできないかもしれないが、徐々にへっていくだろう。


「でもね、でもね。今回の件で1つだけ感謝したいことがあるの!!な!な!な!なんと!!私!!好きな人ができました~!!」


 俺はその言葉を聞いて完全にフリーズした。スキナヒト?スキナヒト?好きな人!?あの赤坂ヒナノに!?別に桂みたいにVtuberは清らかな体がいいとか言うつもりはないが、やはりショックだった。コメント欄もかなり荒れていたが、彼女は全く気にした様子はなくしゃべり続ける。


「初恋なんだよ~。今まで恋をするなんて思ってもみなかったんだけどさあ。私が今回の件で落ち込んでいる時に励ましてくれてさ~。例え話で赤坂ヒナノがこれからどうすればいいかって聞いてみたら、「周りを気にせず、好きなことを続けたら?」って言ってくれてさあ~。もう打ち抜かれちゃって。我ながらちょろいとは思うんだけどさあ~。」


画面上の赤坂ヒナノがくねくねと動いている。その初恋の人によっぽど入れ込んでいるようだ。それにしても・・・。なんか聞いた覚えというか言った覚えがあるような気がするが・・・。まあ気のせいだろう。


「雑談枠にしたのも、実は皆に相談したかったからなんだよね!!その人を堕としたいんだけど、どうすればいいと思う!?私本当に誰かと付き合うとか、そういう経験ないんだよね!!あ、その人もこの配信を見ていると思うけど気にしないで!!その人になら身バレしてもいいかなって思っているから!!」


 そこから、赤坂ヒナノと視聴者で彼女の初恋相手をいかにして堕とすかの作戦会議が始まった。なんだこれ・・・?Vtuberが自分の恋愛相談をするなんて前代未聞だと思うのだが・・・。配信を楽しむと言ってもやりすぎな気がする。

コメントには押し倒せとか、告白しちゃえとかいう直球なアドバイスもあったが、手をつなぐ、手料理を作ってアピールするなんていうものもあった。斜め上の意見で相手に宣戦布告するという意見もあった。彼女はそれらのアドバイスを真剣にメモしていた。どうやらその初恋相手に本気らしい。アドバイスの中でも手料理を作るが気に入ったらしく、相手への渡し方や好きな食べ物の聞き方などのアドバイスを求めていた。

 結局配信は2時間近く行われた。初恋宣言に幻滅したのか、チャンネル登録者数は一気に減ったが、過去一コメントが寄せられた回だったと思う。


「今日はありがとね~。これから配信はいつも通りに戻ります。またゲーム配信やアニメ同時視聴配信もやるからね。これからもよろしく~。あ、でも雑談枠でまた相談させてもらいます!先輩方、どうかよろしくお願いします!!」


 最後にそう言い残し、配信は終了した。見ているだけなのに何故かどっと疲れた配信だった。ただまあ、赤坂ヒナノが楽しそうだったのでよしとしよう。うん。よしとするんだ。中身は人間だもの。恋だってするよね。

そしてその配信が終わった1時間後には、彼女に関して別のネットニュースが書かれていた


【赤坂ヒナノが初恋宣言!!配信でコメントにアプローチ方法を相談する場面も!!】

「懲りないなあ・・・。」


 そんな大荒れの配信があった翌日、学校に登校すると桂がニヤニヤしながらこっちに来た。


「よお。よかったなあ。ヒナノちゃん。無事復帰して!!」

「ああ・・・。まあな。」

「それにしても初恋だってな!!面白いことになってるじゃねえか!!」

「ぐっ!!いいんだ。俺は彼氏ができても応援するから。」

「またまたあ!!それに配信を見ている人って言ってたから、お前かもしれないじゃないか!!」

「なわけあるか。そんな事をいうと、お前の大好きなメロンちゃんに彼氏がいる説を囁いてやるぞ。」

「そんなわけあるか!!メロンちゃんこそまだ誰とも付き合ったことない清い体なんだ!!」

「はいはい。その通りであることを願っているよ。」

「ちょっといいかな?」


 俺らが話をしていると後ろから声がかかってきた。2人して振り向くと、そこには平野さんがいた。


「ひひひひひ平野さん。おおおおおはよう。」

「平野さんおはよう。」

「おはよう神谷君。如月君。神谷君。突然で申し訳ないけど、ちょっといい?」

「?別にいいけど。」


 桂から鋭い視線を浴びながら、平野さんと共に教室の外へ移動する。すると平野さんは恥ずかしそうに手をもじもじしだした。俺は意味が分からず首を傾げる。


「どうしたの?」

「えっとね。お願いがあるんだけど・・・。」

「うん。」


 急にお願いとはどうしたのだろう。図書委員の事で何かあったのだろうか?そんなことを考えていると、平野さんは何度か深呼吸をした後、口を開いた。


「今日から、毎日一緒に帰らない!?」

「え・・・。別にいいけど。」

「~!!!」


 俺の言葉に彼女は嬉しそうにガッツポーズをしている。そんなに嬉しい事だろうか。今までも図書委員がある日は一緒に帰っていたし、そんなに特別なことはないと思うのだが・・・。というか、平野さんって物静かって言われていなかったっけ?勘違いだったか?


「そんなに喜ばなくても・・・。要件ってそれだけ?」

「あ、あともう1つ。神谷君ってお弁当だっけ?食堂だっけ?」

「うちは、母さんが働いているからいつも食堂かパンだよ。」

「なるほどなるほど。ちなみに神谷君ってお弁当で好きなおかずって何?」

「おかず?うーん。唐揚げとか卵焼きとかかなあ。」

「唐揚げと卵焼きね・・・。フムフム。」

「本当にどうしたの?」

「ううん!!何でもない!!気にしないで!!」

「う・・・うん。」


 平野さんの勢いに思わず頷いてしまう。しかし本当にどうしたのだろうか。平野さんが俺に弁当を作ってきてくれるわけでもあるまいし・・・。

 平野さんはもう一度大きく深呼吸すると、顔を真っ赤にしつつ、俺に向けて指を突き付けた。


「神谷君!!」

「は、はい?」

「私、貴方に宣戦布告するわ!!覚悟しておいてね!!」

「え・・・。なんの?」

「それは秘密!!それじゃあ!!」


 それだけ言って彼女は教室に戻って行った。俺は呆気にとられ、1人その場に取り残された。


「なんなんだ一体・・・。」


なんか、赤坂ヒナノの配信で聞いていたアプローチ方法に似ていた気がするが・・・。まさかな。ないない。

 そんな風に思っていたが、それから、平野さんが俺にお弁当を作って来たり、手を繋ごうとしてきたりと彼女から猛アプローチをされ、俺はたじたじになる。また、赤坂ヒナノの中の人や、彼女が好きな人が誰なのかがわかって驚くのも別のお話・・・。



「Vtuber」、「炎上」、「恋愛」をテーマに書いてみたいものを書いたらこうなりました。インターネットって怖いですよね・・・。評価をいただけたなら、平野さん視点兼平野さんの奮闘記を兼ねた後日談を書こうかなと考えています。


作品の励みになりますので、評価・リアクション等をいただけると幸いです。また他短編なども投稿しておりますので、お暇がありましたら読んでいただけると幸いです。

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