【振り返り】競技開始
「脱出側パーティー九組のエントリーが完了!」
「続いて三人のヒーローのエントリーと同時に『ヒーローズ・パースート』競技開始となります!」
ゲートの前に立つ王司池照、フルリム・ウェリントン、ゴーシュ駒人の姿が順に映し出され、画面がカウントダウンに切り替わります。
ここからはフィールドへの配信は完全停止。
他の冒険者の動きや実況、コメントの内容などについては試合後にアーカイブ視聴で見たものとなります。
「カウントスタート!」
フィールドの随所に浮かんだウィンドウがカウントダウン表示に切り替わります。
「10、9、8!」
<はじまるぞ>
<がんばえー>
<がんばれw がんばれw PP9,393>
「7、6、5!」
<がんばれチョッキン!>
<さあどうなる>
<どうなるかな>
「4、3、2!」
<ゴーシュ! ゴーシュ!>
<イケメン! イケメン!>
<ナイスメガネ!>
<イエスメガネ!>
「1!」
「ゼロ!」
「ヒーローズ・エントリー!」
<エントリー!>
<エントリー!>
<エントリー!>
皆頃シスターズの宣言に合わせて、チャット欄にも<エントリー!>のコメントが大量に流れて行きます。
サイレンの音が鳴り響き、新宿ミレニアム上空に三つの光球が現れ、落下してきます。
一つはフィールドの南東、新宿三丁目エリアに。
もう一つは北西、西新宿エリアに。
最後の一つは私とアンモナイオの中間、新宿駅エリア東口駅前広場に落下しました。
「ゴーシュ駒人! 新宿三丁目、偽丹デパート屋上に落下!
」
「フルリム・ウェリントンは西新宿エリア! 新宿警察署前」
「王司池照は新宿駅エリア、東口駅前広場へと落下!」
私のすぐ側に落ちてきた光の球から現れたのは実況通り、
「やぁ、はじめまして。僕の名は王司池照。新宿の夜の帝王、ガーランド池照の血を引く東京ナンバーワンホスト。今宵の出会いに感謝と口づけを、なんてね」
どこからか青い薔薇の花を出し、ウインクと投げキッスをしてくるスーツの男装女性、王司池照でした。
「王司池照とPORURUのP、IRTのアンモナイオが開幕マッチアップ!」
「王司池照の先制イケメンハラスメントにPはやや困惑している模様」
<イケハラ行為やめろ>
<いきなりぶつかっちまったなぁ……>
<普通のバトルでイケメンに勝つのは難しいぞ>
<色仕掛けならワンチャンあるかもしれないが>
<イケメン応援するやつはおらんのか>
<イケメン優勢は見てて面白くない>
<イケメンはピンチでこそ輝く>
<涙目敗走するイケメンがみたい>
<イケメンアグレッションってやつよ>
「この配信は全年齢向けとなっております」
「性癖の歪んだコメントはご遠慮ください」
<メスガキ三人もフィールドに放っておいてなにが全年齢向けだ>
王司池照の公開クラスはフェンサーとイリュージョニスト。
レイピアなどの細身の剣の扱いに長けた西洋剣士と幻影使い。
メインはフェンサーでイリュージョニストのほうはホストとしてのキラキラアクションのアクセントとしての運用がメインで、そこまで強力な使い手ではないそうですが。
資料によると一番厄介なのは現在非公開となっている三つ目のクラスだそうですが。
「王司池照に遭遇しました」
夢姫ぽるるとデルタワンに無線を入れ、後方に下がろうとすると、王司池照はぴっと指を振り「ちょっと待って」と言いました。
「まだ動かないほうがいい。女神様の輝きは、僕のきらめきと違って目に良くないからね☆」
ウインクと同時に目から幻影の光の粒子が舞いました。
幻影スキルで変な光を出すのはどうかと思いますが、トップランカーの余裕に基づいた純粋なアドバイスだったようです。
次の瞬間、西新宿エリアに降下したフルリム・ウェリントンが小さな太陽のような照明魔法を六連続で撃ち放ち、西新宿エリアと隣接エリアの都庁エリア、大ガードエリアを凄まじい光量で照らし出します。
新宿駅東口は元々明るい場所ですが、それでも目がくらむような光量です。
「フルリム・ウェリントン! 開幕と同時に大規模照明魔法アポロを六連射!」
「新宿ミレニアムは夜戦でも明るいフィールドですが、光学聖女は更なる光を求める!」
照明の次は観測フェイズ。
光学聖女フルリム・ウェリントンはアイテムボックスから総計十万枚に及ぶレンズ、ミラーを三エリアの全域に空中展開。光の反射と屈折を利用して収集した光学情報を自身の眼鏡に圧縮投影。西新宿、都庁、大ガードのエリアに散らばった冒険者十四人の姿を捕捉しました。
観測の次は攻撃フェイズ。
六つの照明魔法アポロの光を十万のレンズとミラーで反射、屈折、収束させて照射。太陽光を虫眼鏡で集めて発火させるのと同じやり方で、十四人の冒険者を焼き払いにかかります。
「照明魔法アポロ六連射からマグナイファインググラスビームにつなぐ!」
「フルリム・ウェリントンの光学結界戦術!」
「容赦のない照射!」
「一体何人が耐えられるでしょうか!」
マグナイファインググラスビーム。
略してMGB。
日本語でいうと虫眼鏡光線だそうです。
名前の響きはさておき、威力は圧巻。対抗措置をしていない人間に一瞬でブラックアウトダメージを叩き込む、フルリム・ウェリントンの代名詞ともいえる攻撃だそうです。
その十四人のターゲットの中には『PORURU』のリーダーである夢姫ぽるるも含まれていました。
「ちょ、えっ……」
そんな声をあげて焼き尽くされ、ブラックアウトに追い込まれかけた夢姫ぽるるですが、
「ざっけんなゴラァァァーーーーーッ!」
そんな気合の声をあげて耐久。
純白のアイドル衣装の半分以上を焼かれ、インナー代わりにまいていたサラシとお腹を露出させる格好になりながら、凶悪な殺人光線から生還を果たしました。
イビッ!
パオッ!
光線の照射対象にはなっていなかったイビルアイとアエロファンテがよろめく主人を慌てて支えます。
「夢姫ぽるる生存! フルリム・ウェリントンの殺人光線を紙一重で耐えきった!」
「ガッツスキルのようですね。ブラックアウトダメージ発生時に一回だけ、レッドゾーン状態で踏みとどまることができます」
私の作ったショートブレッドではなく、自前のガッツスキルのほうが先に発動したようです。強力なスキルではありますが、即死を回避し瀕死状態に踏みとどまる効果ですので、顔色は蒼白になっています。
「しかし夢姫ぽるる選手のクラス構成でここからの回復は……」
そんな実況が流れる中、夢姫ぽるるは、
「なにか、食べています……」
「レッドゾーン状態になると重度の失血状態と同じ目眩、吐き気などの症状が出る仕様ですが、夢姫ぽるる、構わず何かを食いちぎり、飲み下して行く」
アイテムボックスから出したプチフランスにかじりつき、食いちぎって行きます。
<なんでパン>
<ポーション持ってねぇのか>
<気合はすげぇけど>
チャット欄にも戸惑いの声があがります。
<まぁみてるチョッキン>
<おもしれぇもんが見れっかっらよ>
<わかり手面乙>
そんなコメントが流れたあたりで、
「夢姫ぽるる選手のバイタルがブルーゾーンまで回復! これは強烈な回復効果!」
「さらに違うパンを口に押しこんで……全回復!」
夢姫ぽるるが口の中に押しこんだのは、事前に渡しておいた『秀逸なプチフランス』でバイタルの二段階回復とストレンクス(小)の効果を持っています。
続いてバイタル一段階回復とクイックセンシズ(小)の効果を持った『ウサギのクロワッサン』を平らげて全回復。夢姫ぽるるの顔に血色が戻ります。
「くぅ……、やっぱりキマるぜにゃぁ……姐さんのブツはにゃぁぁぁ……」
口元を拭い、不穏な笑いを浮かべた夢姫ぽるるはそこから無線を使って私とデルタワンに連絡を入れます。
音声通話なので私には見えていませんでしたが、実況配信のチャット欄は、
<なんて目をしてやがる……>
<語尾がにゃあ、だと……>
<ガンギマリスマイル>
とざわめき、戦いていました。
「こちら夢姫、西新宿でメガネ女の攻撃に被弾したにゃ♡」
「ガンギマった表情」のまま、声だけ「きゃるるん調」にしていたようです。
『お怪我はありませんか?』
「ぶっちゃけまともに喰らったけど姐さんのブ……例のパンのおかげで全回復にゃ♡ 今からちょっと、お礼にいって来るにゃ♡ やられちゃったらごめんなさいにゃけど♡」
語尾はにゃですが、腹をくくったような勢いを感じました。現実的にもフルリム・ウェリントンを放置して動き回れる状況ではなく、私自身は王司池照と鉢合わせで、援護に向かうこともできません。デルタワンについては逆方向の新宿三丁目に飛んでしまっています。
夢姫ぽるるの自己判断に任せるしかないでしょう。
『わかりました。こちらは王司池照に対応します』
「了解にゃっ♡」
そう告げて通信を切った夢姫ぽるるは、心配げな視線を向けてくる従魔たちに「大丈夫にゃ」と告げ、焼け焦げたアイドル衣装の袖を引きちぎって片肌を脱ぎました。
「行くにゃ」
イビ!
パオ!
二匹の従魔を舎弟のように連れて向かうのは、ゴールである歌舞伎町方面ではなく、フルリム・ウェリントンが降下した新宿警察署方面。
<背中に桜の紋々が……>
<シールかなんかだよな>
<この気合の入り具合ならマジモンの彫り物でも驚かねぇ>
<うーん、これはポルネキ>
<惚れたかも>
<しかしメ神様相手はさすがに厳しいだろうな……>
夢姫ぽるるは少しファンを獲得したようです。