PORURU
群馬ニンジャのデルタワンというのは講習用のコールサインで、本名や冒険者名は別にありますが「シノビの掟にて名前はご容赦いただきたく」とのことで、引き続きデルタワン名義でエントリー。
私は特にこだわりはありませんが、バトルフロアは別名義を使っていいようなので、イニシャルのSかHで行こうとしたところ、
「どちらでもアレな連想をされそうな気が」
「どうか熟考を」
と言われてしまったのでTとしておきました。
ドンレミの農場のライブカメラで『頭テスタ』という名前で呼ばれていたことから取りました。
名前を売っていきたい芸能系冒険者の夢姫ぽるるはそのまま夢姫ぽるるの名前でエントリー。
チーム名も『PORURU』
当人は半分冗談のつもりだったようですが、
「夢姫さんの希望なら」
「むしろ良い隠れ蓑でござる」
という流れでそのまま採用となりました。
言い出した夢姫ぽるる本人が
「やべぇ、迂闊にボケられねぇ」
と呻いていました。
チーム結成時点のPOWは、
夢姫ぽるる:1138
デルタワン:1111
T :1100
交渉権を巡るバトルロイヤルに参加していない関係で、私が一番低くなっています。
試合時間はルール次第ですが、私達がエントリーしたのは三十分でフィールドが全部崩落して終了となる三十分ルール。
初心者帯、従魔なしで五連戦し五連勝。
三十分ルールと言っても実際には十五分程度で決着がつく試合が多く、試合開始三分でノックアウトというような試合もあったので実際にフィールドで戦っていたのは一時間程度でしょうか。
POWも順調に伸び、
夢姫ぽるる:1485
デルタワン:1478
T :1500
となりました。
五試合目が終わった時点で時刻は十七時。
「もう一試合していきますか?」
誤差のようなものですが、夢姫ぽるるの目標の1500にはわずかに足りません。
「ここまで来たら1500まで上げときてぇけど、Tちゃんとデルちゃんは大丈夫そ?」
私のほうが年下なので、やす口調と姐さん呼称はやめてもらいました。
「愚忍は問題ないでござる」
「やっていきましょうか」
最後にもう一試合すると決め、コンディション調整の為にシナモンときな粉を振ったラスクを食べてもらいます。
効果はバイタルとメンタルの小回復。
『マンドラゴラの歌』のおかげで手軽に渡せる食べ物を作りやすくなりました。
サクサク。
「これ喰ってっとなんかやべぇものを前借りしてるような恐怖を感じるんだよにゃ」
シュワシュワ。
「なにか体の奥底をぎゅっと掴まれたような感覚があるでござるにゃよ」
「それは胃袋を掴まれる実感ってやつにゃ」
イビニャー。
ニャパオー。
夢姫ぽるるが従魔石から出したイビルアイとピンクのゾウことアエロファンテも不思議な声をあげています。
イビルアイは水中のタコと同じような大きさとシルエット。アエロファンテはサイズ調整が可能らしく、今は大型犬くらいの大きさになっています。
「身体感覚として理解できる概念だとは思わなかったでござるにゃよ……」
そんな会話は聞き流しつつウィンドウを開き、次の試合のエントリーをしようとすると、
チーム『PORURU』の皆様へ
本日19:30開催(20:00試合開始)の『ヒーローズ・パースート』への特別出場権が付与されました。
参加をご希望の場合は本日18:00までに参加申請を行ってください。
※『ヒーローズ・パースート』は東京大迷宮TVにて実況配信されます。
そんなメッセージが表示されました。
「ヒーローズ・パースート?」
ダンジョンネットの解説ページを開いて確認すると、中初級者を対象としたイベントマッチとありました。
合計POW4000〜7000までの三人パーティー九組と単独POW4000以上のソロプレイヤー『ヒーロー』が三人で争う変則マッチ。
単独POW4000以上というのはいわゆるトップランカーで、合計POW7000以下の三人パーティーくらいなら一方的に葬り去るレベルになって来るそうです。
この三人の『ヒーロー』を追跡者とした脱出ゲームが『英雄たちの追撃』
九組のパーティーは脱出サイドで、三人のヒーローの追撃や、フィールドモンスターの妨害をかわし、メンバーのだれかが最初にゴールにたどり着いたパーティーが勝者となります。
一人ゴールすればそこで試合終了。準優勝などはありませんが、活躍に応じた個人賞などはあるそうです。
追撃側となるヒーロー三人の勝利条件はパーティー参加者のゴール阻止、つまり全滅となりますが、ヒーロー内でも撃破数による競争が行われ、一番多くのパーティー参加者を退場させたヒーローが勝者となります。
つまり脱出側が勝った場合の勝者は一パーティーのみ、ヒーロー側が勝ったときの勝者は一人だけとなりますが、一応陣営勝利でも特別報酬をもらえたりPOWの上昇を見込めたりするので、足の引っ張り合いをするメリットは薄いようです。
パーティ同士、ヒーロー同士の同陣営戦闘も禁止となります。
今回は優先出場ということで、申請すれば即出場できるようですが、参加資格が合計POW4000〜7000の三人パーティーとゆるいため、自分から参加しようと思うと平均当選率1%以下の抽選を突破しなければならないそうです。
「どうしてこんな権利が来たんでしょうか」
メェ (直近の試合で好成績をあげたパーティーを入れる推薦枠があるらしい)
メエェ(バトルフロアに面白がられたんだろう)
メメェ(講習直後にバトルロイヤル騒ぎを起こした挙げ句五連勝だからな)
なんだか面白がられがちな気がします。
夢姫ぽるるとデルタワンに確認をしてみたところ、
「出たい! 出たい出たい出たい絶対出たい! ださせてくださいお願いしますぅっ!」
名前と顔を売るチャンスが欲しい夢姫ぽるるは参加を熱望。
「テスタ殿のご判断にお任せするでござる」
言っていないはずのTの語源を知っている様子のデルタワンに判断を委ねられてしまいました。
BS221Bの件で注目を集めたばかりなので少し悩みましたが、念のため名義をTからPとして、顔が映らなくなるプライバシーキャップを装備して参加することにしました。
今度はプライバシーのPとなります。
「靴ペロでもなんでもしやす!」
という夢姫ぽるるの勢いに負けたのもありますが、PvPのトップランカーというのが一体どういうレベルの存在なのか、兵士としての今の私が、東京大迷宮ではどういう水準にいるのか、試して見たくなりました。
参加すると決めた以上は準備は万端にしておかなければなりません。
バトルフロアが用意してくれた控え室でフィールドマップを確認したり、バザールで装備を買い足したりして時間を過ごします。
メェ (今回のフィールドは新宿ミレニアム)
メエェ(西暦2000年の新宿をオマージュしたステージだ)
メメェ(アンデッド災害前の日本最大の繁華街だ)
イビー。
パオー。
大きなマップデータウィンドウを開いたバロメッツたちが解説を始め、イビルアイとアエロファンテが合いの手のような声をあげます。
メェ (スタート地点は全員ランダム)
メエェ(マップのどこかにバラバラに転移してゲームスタート)
メメェ(無線や魔法による連絡は可能だ)
そんな解説をしている脇で、なるべく素性を隠したいデルタワンが『群魔』と描かれた覆面をつけ、分厚いマントを羽織っていました。
「余計に目立つんじゃねそれは」
「それもそうでござるな」
結局普通の布の覆面とニンジャ装束に戻していました。
メェ (ゴールはここ)
メエェ(歌舞伎町エリアにあるミレニアムヒルズと呼ばれる60階建てのビルの最上階にあるゴールストーンに触れれば勝利だ)
メメェ(旧時代のゲームに登場する架空のビルをオマージュしている)
イビビ。
イビルアイが目からビームを出してマップの中心を示します。
同時に円柱型の塔を三本束ねたビルの映像が表示されます。
メェ (試合時間は最大90分)
メエェ(崩落は10分単位。試合開始から60分でミレニアムヒルズ以外の全域が崩落する)
メメェ(そこからは五分単位で10フロアずつ、ミレニアムヒルズの底が抜けていく)
「全員おちてしまったらどうなるんでしょう」
メェ (シンプルに最後に落ちた者が優勝だ)
メエェ(それと二匹だけ、陰龍、陽龍という大型のフィールドモンスターがいる)
メメェ(陰龍は脱出側を、陽龍はヒーロー側を狙って攻撃してくる)
陰龍にうまく対処し、陽龍をうまく利用していく必要があるようです。
どこからスタートになるかわからない上、対戦相手となるヒーローの情報も、競争相手、または連携相手となる他のパーティーの情報もないので細々とした作戦立案は難しい状況ですが、隠密・スピード型のデルタワンと飛行・騎乗型の従魔アエロファンテを持つ夢姫ぽるるの二人でゴールを狙い、偵察能力の高いバロメッツのいる私がヒーローやフィールドモンスターの警戒、足止めという役割分担で行くことにしました。
夢姫ぽるるとアエロファンテについてはどう考えても目立つ上、本人も「露出上等」「目立ちてぇ」というタイプなので事実上囮のようなポジションになりそうですが。
食事効果のあるアイテムについては、ブラックアウトダメージを受けるとバイタルを緊急回復させるリヴァイヴの効果のあるショートブレッドや、バイタル回復効果の高い秀逸なプチフランスなどをお友達価格で販売しました。
さすがに「ものがもの」の世界になるので、守秘契約を結んだ上での提供となります。提供元に関する情報を口外した場合は高額のPPの支払い義務、悪質さによってはスキルランクダウンなどのペナルティが発生することになります。このあたりのペナルティ付与については黄道十二迷宮の天秤宮が担当しているそうです。
「……うう……にゃ、糖質で……脳が、猫が……口の中で脳が……宇宙が……虹が、にゃああああん」
イビニャアアアアア!
ニャパオオオオ!
「……一体どんな宇宙を見ているでござ……にゃんでござるかそのげーみんぐな色合いの瞳孔は!」
事前に食べておいた方がいいショートブレッドを口に入れた夢姫ぽるると従魔のイビルアイ、アエロファンテが目を虹色に光らせて咆哮、放心していく様子にデルタワンが困惑の声をあげました。
ショートブレッドはデルタワンも食べているのですが、ある程度の味覚耐性があるのか精神への影響は軽微のようです。
私のパンやお菓子の値段や食事効果に驚く様子もありません。
やっぱり私の素性を知っていて、私の作ったものを食べたことがありそうです。
「もしかして、群馬……」
と聞いてみたところ。
「シノビの掟にて、それ以上の詮索はこれでご容赦を」
とやきまんじゅうを渡されました。
ちなみにデルタワンのクラス構成は秘密ではなく、ニンジャ、クノイチ、カラテカだそうです。
少し心配になる反応を示していた夢姫ぽるるもなんとか平静を取り戻し、いよいよ本番。
九組の三人パーティと、三人のトップランカーによる変則PvPマッチ『ヒーローズ・パースート』が幕を開けます。