中の人
軽い気持ちで大激戦になってしまったヒーローズ・パースートも終了。
試合後の取材などは芸能系冒険者の夢姫ぽるるに引き受けてもらい、バトルフロア内の隠しゲートからホームエリアに引き上げると、IRKのアーマード・ウィッチから画像通話が入りました。
「試合のあとなのにごめんなさい。少し時間をもらえないかしら?」
そう言って顔を見せたのは、一六、七歳くらいの小柄な黒髪の少女でした。声にも覚えがありませんでしたが、顔を見てもやはり記憶にありません。
背景は私とほぼ同じ、白地のホームエリアとなっています。
「はい、大丈夫です」
さすがに眠くなってきていますが、バイタルやメンタルは回復しています。
「ありがとう。私の冒険者名は珪素系ウィッチ、PvPネームがアーマード・ウィッチで、本名は宮島アリス」
「私の冒険者名は、ソル・ハドソンといいます。本名は……もしかしてご存知でしょうか?」
どこかで接点があったとすると、東京大迷宮に来る前、ソル・ハドソンと名乗る前になりそうです。
また、宮島という単語にも微妙に覚えがあります。
私が所属していた奨学兵団の運営母体、企業連合MIYACOのMは、宮島製作所という会社の頭文字から取っています。
かまをかけるように確認すると、宮島アリスは少し息苦しそうな表情を見せました。
「俺等が話すか?」
「無理そうなら交代するうぉ」
アンモナイオとモササウオの小さなアバターが画面上に姿を見せました。
「大丈夫」
宮島アリスは再度顔を上げました。
「最初に、渡しておきたいものがあるの。いらないなら売っても捨ててもいいから、とにかく受け取ってほしい」
「わかりました」
本当はなにもわかっていませんが、このタイミングで問いただしてもらちが明かない気がします。
手元のウィンドウが開き、メッセージが表示されました。
珪素系ウィッチからギフトが届きました。
万能薬『玄白』
レアリティ:エピック
品質 :最高
効果 :状態異常全回復
「万能薬、ですか?」
私が東京大迷宮にやってきた当初の目的で、冒険者登録後間もなく必要がなくなってしまったアンデッド因子感染症に有効な回復アイテム。
「必要なら使って欲しい。もしかしたら、もう必要ないのかも知れないけれど」
そう言った宮島アリスが見ているのは、薬液リングをつけていた私の首元。
やはり私の素性と事情を把握しているようです。
必要かどうかと聞かれると、もう必要ないというのが回答となりますが、この場は何もいわずにおくことにしました。
こんなものを用意してもらって、即座に「はいもう必要ありません」というのは少し無情すぎる気がします。
「私と貴方には、面識はなかったと思うんですが」
「ええ、顔を合わせるのはこれが初めてになる。私が一方的に貴方を知っていて、意識していただけ。京都奪還作戦に参加していたでしょう?」
「はい」
「私も参加していたの」
宮島アリスは罪を告白するような表情で言いました。
「あの作戦を主導していたNJMの主要メンバーのひとりとして。それと、MIYACOの構成企業のひとつ、宮島製作所の経営者一族の娘として。つまり、貴方をあの作戦の前線に放り込んで、捨て駒にして生き残った人間」
そう言った宮島アリスは、ヒーローズ・パースートでつけていたマスクをまた顔につけてしまいました。
これ以上表情の動きを見せるのが嫌だったようです。
「京都奪還作戦の借りを返してくれる、ということでしょうか」
贖罪、という言葉は使わないことにしました。
「そんなところ、必要ないならどう処分してもらっても構わない。自己満足をしたかっただけだから」
マスクごしではありますが、なんだか泣き出しそうにみえました。
「わかりました。ありがたくいただいておきます」
今の私の身体に必要なものではありませんが、ここは受け取ったほうが良いと感じました。
「ありがとう。用事はそれだけ。突然ごめんなさい。さよなら」
逃げるようにそう言って、宮島アリスは通話を切ってしまいました。
それと入れ替わりにアンモナイオから『よければ補足させてほしい』というメッセージが飛んできました。
さすがに言葉足らず過ぎると判断したようです。
『お願いします』とメッセージを返すとアンモナイオから画像通話が入りました。
水槽のような仮想空間上に、アンモナイオとモササウオの二匹が浮かんでいます。
「疲れてるところに妙な話を持ち込んじまって申し訳ねぇ」
「失礼したうぉ。とにかく大急ぎで万能薬を渡さなきゃってことでテンパり散らしちまってたうぉ」
「いえ、大丈夫です。おふたりとも来てしまって大丈夫でしょうか?」
私より宮島アリスのほうが不安定になっていそうです。
「ああ、この程度のマルチタスクは楽勝だろ」
「たやすい御用だうぉ」
「念の為確認しておきたいんだが、完治してるよな? アンデッド因子感染症」
やはりアンデッド因子感染症のことは把握されているようです。
「はい、東京に来てすぐ、有効なパンを焼いてしまって」
「う、うぉ……やっぱりかぅぉ……」
「パン屋の力ってすげーんだな……」
二匹のアバターが目を丸くします。
「ま、まぁ何よりだろ。しかしまぁ、見事に空回っちまったもんだ……」
「ボンクラピエロもいいところだうぉ」
アバターたちが遠い目をします。
「どうしてそこまで私のことを?」
宮島アリスが私に対する借りや贖罪の意識を持っていることまではわかりましたが、まだ理解しきれません。
「あんたはトラウマなのさ、ウィッチとオレたちにとってのな」
「よくわかりません」
「サウオたちIRKの本業は旧時代のインフラとネット文化の復旧で、NJMの要請で京都奪還作戦に参加してたんだうぉ。電工系が得意なウィッチと一緒に、前線基地の整備を担当してたうぉ」
「けど、NJMの冒険者部隊が速攻でボロ負けして撤退。後方にいたウィッチとオレたちも重要メンバーと外部からの招聘スタッフってことでヘリで逃げた」
「その時に、アンデッドの足止めのために前線においてかれたソルたんたちの兵団をヘリの上から見ちまったのが、ウィッチのトラウマになっちまったんだうぉ」
「壊滅するところを?」
「そっちもあるが、どっちかっていうと孤立無援の置き去り状況下で異様な勢いで抗戦して、アンデッドの進撃を押しとどめてるおかしな兵士を見ちまったことだな」
モグモグメー (なるほど、レディか)
カリカリメー (基礎的な戦闘センスからして理不尽だからな)
チュロスウメー (情景が目に浮かぶようだ)
新宿ミレニアムで焼いたチュロスの残りをくわえた三匹が言いました。
「ああ、自分はさっさと逃げだしちまったのに、やむを得ない犠牲だったはずの人間が理不尽無双をおっぱじめて当初の想定の半分まで被害を押しとどめた」
私の基本的な評価は『理不尽』のようです。
「逃げた側の人間としては立場がねぇってもんだうぉ。一緒に残って戦っとくべきだったんじゃって話にならざるをえんうぉ。挙げ句そいつはアンデッド病に感染して戻って来たうぉ。アンデッド病持ちじゃあ懐柔して英雄やアイドルに祭り上げることもできねぇ。てことでもう殺処分にしようって決定が下ったうぉ」
「殺処分、ですか」
実際に私が受けた処分は殺処分でなく除籍処分でした。
「もしかして、宮島アリスが私を?」
私自身どうして除籍処分で済んだのか、という点が不思議だったのですが、NJMの主要メンバーの擁護があったとすると話が通りそうです。
「ああ、ウィッチはあんたを死なせまいとした。ウィッチの価値観だと、あんたを死なせちまったら完全にプライドの背骨が折れる。何百人もの兵士や奨学兵を捨て駒にして生き延びた自分の十字架がもっとデカくて、もっと耐えられないものになると思ったらしい」
「撤退の判断は、宮島アリスが下したものなんですか?」
「いや、NJMの会議室の決定だうぉ、通達の時点でどうこういえる状況じゃなくなってたうぉ」
「そこまで思い詰めるような話でもないと思うんですが」
「俺等もそう思うが、そこはもう持って生まれた性分だな」
「まぁ他の連中みたいに華麗な他責思考決め込むよりはかわいいし推せるうぉ」
具体的にどこの連中かの言及はありませんでしたが、MIYACOの上層部のことでしょう。
「つっても一発で自分の要求通せるほどの発言力はねぇから俺らに相談してきた感じだな。IRKから圧力かけてどうにか殺処分を除籍処分に切り替えさせて解放させたんだが、そこであんたの行方がわからなくなった」
「すみません、すぐに逃げてしまったもので」
除籍処分と告げられて施設を出た途端に尾行され、襲撃されかけたので、身ぐるみ剥がして関東行きの武装キャラバンにもぐりこんでしまいました。
IRKはインフラ復旧については他の追随を許さない技術者集団と言われています。
その要求を無視はできなかったものの、私を野に放った結果MIYAKOやNJMの悪評を流されたり、対立企業に抱き込まれたりするリスクを避けるため、路地裏で処理しようとしたのでしょう。
「そこは事前にソルたんに話を通さなかったこっちの手抜かりだうぉ」
「どうにかこっちに来てる可能性にかけて、東京で万能薬の調達と情報収集をしてたところに、バトルフロアを仕切ってる人馬宮主から接触があってな。先方の指定するいくつかの試合に参加したら、探し人に接触させてやるって提案があった」
「バトルフロアに行ったのはなんとなくだったんですが」
なにか仕組まれていたのでしょうか。
ンメー (いくつか想定していた接触パターンのひとつを適用しただけだろう)
ンメメー(生産村あたりで接触させることもできたはずだ)
巨蟹宮だけでなく人馬宮にもチェックされていたことになりそうです。
「そうですか、ところで宮島アリスは、今はどこの所属なんでしょう?」
ヒーローズ・パースートではIRK所属となっていましたが、NJMは脱退したのでしょうか。
「IRKだ。NJMからは脱走してる」
「あのアーマーとかマスクはNJMやMIYACOから素性を隠す意味もあるうぉ」
私を探し、助ける為に、家や組織まで抜け出してしまっていたようです。
顔を合わせて話したこともない相手に入れ込みすぎではないでしょうか。
「わかりました。気にかけてくださってありがとうございます。宮島アリスにも、もう大丈夫と伝えてください。できれば、直接会って話したほうがいいと思うんですが」
本当に一度きちんと話しておく必要がありそうです。
私に対して、なにか凄まじい幻想のようなものを抱いていそうな気がします。
「そうだな」
「けどもう少し時間が欲しいうぉ」
「現在絶賛ボロ泣き中だろ」
モササウオとアンモナイオは苦笑するような口調でいいました。
消息がわからなくなっていた私を探り当てて万能薬を渡したこと、アンデッド因子感染症から勝手に回復して謎のパン屋さんとして世間を騒がせていたことを知って安堵し、また深刻な解釈違いを起こしてボロボロと泣いてしまっていたそうです。
バトルフロアの一日は、そんな風にして幕を閉じました。