【振り返り】不快感
降下を開始するアーマード・ウィッチ。
一方チェインバー池照はあくまで私から片付ける方針のようです。再び距離を詰めようとします。
接近戦になると直接打撃はともかく衝撃波と暴風、水流は回避困難です。
アイテムボックスから小麦粉をぶちまけ、煙幕代わりにします。熱操作スキルで粉塵爆発くらい起こせれば良かったのですが、双星棍の暴風のおかげでそこまでは無理でした。
苦し紛れでしたが、一応の牽制効果はあったようです。
警戒したチェインバー池照が移動速度を遅らせたところにアーマード・ウィッチに接続したアンモナイオが光の触手を打ち込み、後退させてくれました。
私とチェインバー池照の間に割って入ったアーマード・ウィッチはハンマー杖から雷撃を放ちます。
ですが、双星棍渦巻は空間をねじ曲げる能力をも備えているらしく、名前通りの黒い渦巻を空中に浮かべて、雷撃を吸引、消去してしまいました。
「アーマード・ウィッチ、P選手のカバーに入ります」
「先程アンモナイオとの接触がありましたが、そこでなにか申し合わせがあったのでしょうか」
実況では皆頃シスターズがやや不思議そうな声をあげていましたが、私にも脈絡がわかりませんでした。
IRKのメンバーとは、これが初対面ですし、最初に少し接触があったアンモナイオとも、無線コードの交換をしただけです。ここまで積極的に援護してもらえる関係性ではないはずです。
『早くさがってくれ! フルパワーが使えない!』
「……はい」
今の私では邪魔にしかなりそうにありません。後退し、距離を取りました。
口の中で溶けたメレンゲクッキーの効果が出てきて一段階回復。
同時に、アーマード・ウィッチが双星棍竜巻の直撃で空高く吹き飛ばされました。
鎧のあちこちをスパークさせ、煙を吹き出しながら空中で制動をかけたアーマード・ウィッチはフルリム・ウェリントンの照明魔法を吹き飛ばした六つの雷球を放ちますが、これは黒い渦によって吸収されてしまいます。
アポロを消し飛ばし、陰龍を叩き潰したアーマード・ウィッチの力でも、チェインバー池照には通用しないようです。
「恐縮ですが、貴方がたの攻撃は一切通用いたしません。お覚悟を」
静かな表情で宣告するチェインバー池照。
<これはあかん>
<ヒロパのレギュレーションでゾディアックはバランスブレイカー過ぎる>
<ガチモードのメ神様とかゴーシュの旦那でどうにかなるかならんかのレベル>
<最強の盾と最強の矛を供えている>
<そいつをぶつけるとどうなるんだい>
<利益率の高いほうが勝つぜ>
<ビジネス的にはそうなるのか>
<身も蓋もねぇや>
<両方壊れるパターンもあったな>
「チェインバー池照、やはり圧倒的!」
「脱出側最強候補のアーマード・ウィッチを破壊していく!」
そこからの戦いも、完全にチェインバー池照が優勢。
飛行能力についてはアーマード・ウィッチが勝っているかと思いましたが、チェインバー池照は高所清掃のための空中歩行スキルまで持っていて、当たり前のように空中を跳び回り、高度を上げようとしたアーマード・ウィッチのさらに頭上をとって、双星棍渦巻の一撃で地面へ叩きつけます。
それでも凄まじい耐久性を見せつけ、立ちあがろうとするアーマード・ウィッチ。
その目の前に着地したチェインバー池照は、一旦動きを止めて「サレンダーを」と告げました。
「その装甲は少々頑強過ぎるようです。嬲り殺しのようなことになる前にご決断を」
アーマード・ウィッチは回答代わりに右腕を動かして短い杭を射出しましたが、あっけなく打ち払われます。
「無力化を実行いたします」
二本の双星棍が動き、アーマード・ウィッチの両足首を破壊しました。アーマーの大きさと『中の人』の大きさに差があるので、あくまでアーマーの足首を破壊しただけだったそうですが、実況とチャット欄が息を呑みました。
「チェインバー池照、アーマード・ウィッチの脚部を破壊!」
「中の人へのダメージはないようですが恐いですね……」
<もういいって、サレンダーしろって……>
<もう無理だよ>
<見てる方までヒュンてなる>
<夢に見そう>
「サレンダーを」
チェインバー池照は、再び降参を迫ります。
「少し時間をくれねぇか、ウィッチを説得する」
変形した円柱型モジュールの中から、アンモナイオがそう告げました。時間稼ぎのつもりだったそうですが、無駄でした。
チェインバー池照は間髪入れずアーマード・ウィッチの右手首を破壊「ご決断を」と告げました。
具体的なやり取りの内容を知ったのは試合後のアーカイブ視聴時で、試合中の私に聞こえたのはアーマード・ウィッチが破壊されていく音だけでしたが、その音だけで不快感を覚え、足が止まっていました。
怒りというよりは、悔しさと無力感から来る感情。
自分以外の誰かを犠牲にして逃げ出す。
幸いにも、というのも変ですが、東京大迷宮に来る前は基本的に捨て駒にされるほうのポジションだったので、経験したことのないシチュエーションでしたが、ここまで不快な気分になるものだとは知りませんでした。
身を隠したまま、アイテムボックスからサンドイッチの包みを取り出します。
時を同じくして、暴風で吹き飛ばされていたバロメッツたちが、チェインバー池照に見つからないよう低空飛行で戻ってきます。
メェ (済まない!)
メエェ (待たせた!)
メメェ (……それは!)
サンドイッチに気付いたバロメッツたちが元から丸い目を大きくします。
メー(ここで、これを?)
「はい、IRKをあのままにして逃げる気にはなれないので」
メェ (そうだな)
メエェ(レディはそういう気質か)
メメェ(それで我々はここにいる)
バロメッツ達は苦笑するように鳴きました。
ジュルメェ (いいだろう)
ジュルルメェ (付き合うとしよう)
ジュルジュルメェ (後先のことは後先に考えればいい)
「食欲が判断材料に入っていませんか?」
私のほうも苦笑してサンドイッチの包みを開きます。
紙包みを開くと虹色の光が放たれ、バロメッツたちがメーッ! と興奮の声をあげました。
同時に、バトルフロアの運営サイドも私のサンドイッチに反応していました。
「ここでPOW管理システムから【要注目】のサインが出ました!」
PvPにおける各選手の活躍度を分析し、試合後のPOWの増減を決定するPOW管理システムが最初に私の動きを【要注目】と判定、実況サイドに通知を送っていたそうです。
「アーマード・ウィッチの支援で離脱したP選手がアイテムボックスから何か出している……?」
「食べ物でしょうか」
「チェインバー池照がアーマード・ウィッチへの攻撃を停止」
「ゴーシュ駒人の演奏も停止しました」
「なにか感じ取っているように見えます」
<何だあれ?>
<パンか>
<サンドイッチ?>
<フッ、はじまったな>
<フッキン>
<どんなものかな>
<おてなみはいけん>
「鑑定データ出ました!」
「ナッツ入りのフルーツサンドだそうですが、上の方から詳細は伏せろと通達が出ました」
「一言だけコメントをさせていただくと……やべぇ……」
<ナッツ入りでやべーのって最近あったよな>
<例のエトワールスイーツのナンバーワンか>
<喰った奴がにゃーと泣いてなんかわけわかんないレベルで硬くなる奴>
<そういえば、今回もにゃーと鳴いてるヤクザがいたな>
実況サイドの鑑定通り、包みの中身はグリフォンナッツとドンレミ農場産のぶどうとメロン、それとバザール産のりんご、桃、マスカルポーネチーズと生クリームを、ぐぜひかりを使って焼いた神餐のブリオッシュで挟んだレジェンダリー・クラスのフルーツサンドとなります。
極めて強力、かつ目を引くタイプの食事効果がありますので、使いどころが難しかったのですが、後先を考えないと割り切れば、これが最適解でしょう。




