【振り返り】100億の女
「チェインバー池照降臨!」
「東京大迷宮最強のパーフェクトワークスメイド!」
「使用可能クラスはエピックメイドのみですが、実質POWは5,000オーバーとも噂されます!」
「彼女を引きずり出しただけでも大戦果ですが」
「ここから先はさすがに消化試合と言わざるを得ないか!」
<ふつくしい>
<うつくしすぎる>
<久々に拝めた>
<ありがたやありがたや>
<チェインバー様を引きずり出すとはGJすぎる>
<さすがにここまでだろうけど>
<できれば秒殺はされず頑張ってほしい>
<無茶言うな>
<シン100億の女やぞ>
<双児宮主が100億PPの担保に認定した本物の怪物>
配信のほうはほとんど決着がついたような雰囲気です。
王司池照が自称イケメンホストの王司池照と、エピッククラスのメイドクラス保持者、チェインバー池照という二つの人格を持っていることはかなり有名で、試合開始直前に読んだ資料に入っていましたが、具体的な対策などはなく、
メェ (出てきたら事故と考えるしかない)
メエェ(神餐系のパンを使えば対抗できる可能性もあるが)
メメェ(さすがにあれは派手すぎる)
といったアドバイスしかもらえませんでした。
試合後に知ったことですが、王司池照の出自は東京大迷宮最大のメイド系冒険者団『東京メイド連絡会』通称東メ連の筆頭メイドの娘で、幼少期からメイドとしての英才教育を受けてきたエリートだったそうです。
しかし本人は先祖にあたる伝説のホスト、ガーランド池照に憧れ「メイドなんか嫌だ! 僕はホストになるんだ!」と叫んで家を飛び出しました。
ですが、冒険者登録で引き当てたのはエピックメイド。
理想と現実の間で人格が分裂、キラキライケメン男装ホストの王司池照と、エピックメイドのチェインバー池照という二つの人格でレアクラス2つとエピッククラス1つを分けあって運用する特殊性の高い冒険者になったそうです。
主人格は王司池照のほうで、チェインバー池照は王司池照を『御主人格』として立てていますが、実際の社会的評価はチェインバー池照のほうが高くなっているそうです。
タン。
まずはアルフォンスで撃ってみましたが、届きもしませんでした。
極大補正をキャンセルするレベルの属性防御力を持っているようです。
「良いアイテムをお持ちのようですね。それではこちらも失礼いたします」
蟹座の星石の存在に気づいている様子のチェインバー池照が取り出したのは、箒に似たシルエットを持つ、二本の黄金の棍棒でした。
メェ (双星棍、竜巻と渦巻)
メエェ (双子座のゾディアックウェポン)
メメェ (さすがに厳しいな)
蟹座の大星石のような星石と呼ばれる強力な魔石を使った最高ランクの武器だそうです。異様な水属性防御能力も、この武器によるもののようです。
バロメッツたちが緊迫した声をあげる中、チェインバー池照が動き出しました。
二本の箒を両手に一本ずつ携えて前進。王司池照の時とは一転して、静かで無駄の無い挙動。気付いた時にはタイミングも取れないまま、目の前に踏み込まれていました。
「御無礼いたします」
二本の黄金の棍棒の箒の部分がドリルのように回転し、一方は暴風を、もう一方は放水銃を束ねたような水流を放ちます。風と水流を浴びた地面が、少しずつ削られていくのが見て取れました。
咄嗟の判断で、アイテムボックスからシャークグリフの銃剣だけを外して引き抜きます。
「チェインバー池照距離を詰めた!」
「当たれば一撃で決着ですが! かわした!」
「ゾディアックウェポン、双星棍竜巻、渦巻の連撃を紙一重でかわし、水属性の銃剣を一閃、チェインバー池照の首をとらえ……!」
「……切り裂いたっ!?」
「クリティカルヒット!」
クリティカルヒット。
低確率で発生する痛烈な一撃を示すゲーム用語が由来だそうですが、東京大迷宮のPVPバトルにおけるクリティカルは単純に「すごい攻撃」に後付けで与えられる評価、武道で言う『技あり』くらいの位置づけだそうです。
双星棍竜巻、渦巻は女性が二刀流で振り回すにはさすがにオーバーパワー、オーバーサイズらしく、ある程度大振りにならざるを得ない部分があるようです。
そのモーションの隙をついてチェインバー池照の首に銃剣を当てたのですが、自賛する余裕はありませんでした。
勢いを失うことなく地面を打った二本の黄金箒は巨大な衝撃波を放って周辺一〇メートルほどの地面を粉砕、クレーターに変えました。
メェッ! (これがゾディアックウェポン!)
メエェッ!(ふざけたパワーだ!)
メメェッ!(レディ!)
体重の軽いバロメッツたちはダメージを受ける以前に風圧で吹きとばされ、私自身は衝撃波でキャラメルナッツタルトでも耐えきれないダメージを受けてブラックアウト。
リヴァイヴ効果でそこからブルーゾーンまで戻しましたが、続けざまに襲いかかってきた瓦礫混じりの暴風で、再びレッドゾーンまで持って行かれてしまいました。
大星石やキャラメルナッツタルトの御陰で全体的な防御力が底上げされているのですが、それだけでは対応できないようです。
大きく吹き飛ばされながら姿勢を立て直すと、前方に残っているのは巨大なクレーター、そして私の銃剣で切り裂かれた首筋をおさえて立つチェインバー池照だけでした。
普通の人間なら致命傷の手応えでしたが、東京大迷宮最強の一角ともなると、頸動脈を切ったくらいでは仕留められないようです。
血に濡れた首筋を静かに撫でるだけで、傷口も血の汚れも消えてしまいました。
「チェインバー池照、医療メイドと洗濯メイドのスキルでダメージを完全消去!」
「さすがに理不尽!」
<これが東京一のメイドさんである>
<誰が勝てるんだこんなの>
<一応何回か負けてる>
<持久戦で息切れしてサレンダー負けだけどな>
<不沈艦と書いてメイドと読むやつ>
さすがに相手が悪いと言わざるを得ないようです。バイタル自動回復(大)で高速回復していっていますが、プチフランスを食いちぎるほどの余裕はまだありません。メレンゲクッキーを口の中に押し込んで溶かす程度がせいぜいでした。
「もう一撃、失礼させていただきます」
チェインバー池照は双星棍を持ち上げました。
<やっぱりゾディアックウェポンはあかん>
<前門のアーティスティックマッチョ、後門のゾディアックメイド>
<もうだめか>
その刹那。
空から降ってきた巨大な影が、チェインバー池照を直撃しました。
具体的に言うと、降ってきたのは体長150メートルの東洋龍、陰龍でした。
「陰龍がチェインバー池照を強襲!?」
「いえ、これはアーマード・ウィッチ!」
「陰龍と空中戦を展開していたアーマード・ウィッチが陰龍の尻尾を掴み、チェインバー池照に叩きつけた!」
巨大な鞭、またはハンマーのように振り回され、地面に叩きつけられた陰龍が粒子に変わり消えてゆきます。
ですが、やはりというべきか、チェインバー池照は双星棍をかざすだけでダメージを回避し、涼やかに立っていました。
アーマード・ウィッチは背中のマウントからハンマー型の大型魔法杖を手に取り構えます。
同時に、
『IRKだ。後退してくれ。この場はオレたちで引き受ける』
そんな通信がアンモナイオから入りました。
よく見るとアーマード・ウィッチの背中に、黄色い薬液の入ったアンモナイオの円柱が接続されています。
もう一本のモササウオのほうの円柱はつながっていないようですが、IRKというのはアーマード・ウィッチに円柱型モジュールを接続する、合体タイプのパーティーだったようです。




