【振り返り】王司池照の退場
西新宿エリア崩落前後。
新宿ミレニアムの上空では大型フィールドモンスターの陰龍とアーマード・ウィッチが空中戦を繰り広げ、私に鳩尾を殴られ後退した王司池照に太陽天隊サンダルフォンのダルパンサー、レイヤーブロスのムーンブル太郎が襲いかかって返り討ちになっていました。
このとき王司池照は「なめるなっ! 僕は男には容赦しないぞ!」と暴言を吐いて炎上しかけていたそうです。
ミレニアムヒルズではゴーシュ駒人が最上階ミレニアムホールの天井を上から突き破りゴールストーンに到達。
拳を四度振るってゴールストーンが乗ったステージを建物からむき出しにすると、アイテムボックスからチェロを取り出し、演奏を開始しました。
最初の曲目はヴェルディのレクイエム『怒りの日』。独奏ですが、チェロそのものが帯びた魔力でオーケストラのようなハーモニーが歌舞伎町エリア、そして新宿ミレニアム全域に響いてゆきます。
その演奏はただ美しいというレベルではなく、奏者ゴーシュ駒人の息遣い、そして重厚で強大な筋肉の存在感を鼓膜や皮膚を通じて知覚、認識させ、ひれ伏させるという凄まじいものでした。
具体的に何が起こったのかというと、
「ウェェェェイ!」
「走れ走れ走れぇぇぇっ!」
「とにかく上に進みマッチョオオオ!」
初期配置に恵まれ早期合流、ミレニアムヒルズ脱出サイド一番乗りを果たした陽キャ系パーティー、パーリーピーポーズが「うぐぅっ」と声をあげて足を止め。
「……マジか」
「マッチョイ……」
「なんてマッチョエエ音だよ……」
「筋肉のバイブスが心もカラダも震わせやがる……」
「涙が出てきた」
「……なんだよ、なんでこんなに貧相なんだ俺達はよぉぉ……」
「何が細マッチョだクソッタレがぁぁ……」
「こんな音出すヒトの前にこんな体で出ていけるかよぉぉぉぉぉ……」
涙を流してうずくまり、頭を抱え。
「……筋トレだ」
「筋トレすっぞ!」
「今からでも鍛え直すんだよ!」
「このヒョロガリな心と体をよぉぉぉっ!」
「そうだ、鍛えるんだ」
「マッチョオオオオオ!」
最後は階段を使って筋力トレーニングを始めてしまいました。
「ゴーシュ駒人の筋肉交響楽!」
「魂の筋肉量を試す重厚なる旋律!」
実況の皆頃シスターズがそんな解説を入れ、
<なんてぶってぇ音色だよ>
<その音圧、ナイスバルク!>
<キレッキレッのビブラート!>
<肩にシンバルつけてるのかい!>
<まさに人間パイプオルガン!>
チャット欄にはボディビル要素が入った賛辞が流れてゆきます。
運悪くミレニアムヒルズの中にいたパーリーピーポーズはそのまま事実上リタイア。どうにか直撃を免れた冒険者たちもまた、畏怖と畏敬の感情から足を止めて立ち尽くしてゆきます。
「ゴーシュ駒人! やはり圧倒的!」
「ただ旋律を奏でる、ただそれだけのことが、畏敬という名の城砦を成す!」
「この筋肉と旋律の超人の前に立つことのできる人間は、今回のメンバーに存在するのでしょうか!」
先行したデルタワンから『ゴーシュ駒人の圧で身動きが取れぬでござる』と無線を受けた私はまず夢姫ぽるると合流をはかろうと北上、大ガードエリアに入ったのですが、
「また会えたね、プリンセス☆」
再び王司池照が私の前に現れました。
「今度こそ素敵な夢を見せてあげる、キラッ☆」
王司池照が再び愛夢剣ラブソーンを構えます。
<イラッ>
<ウザッ>
コメント欄の反応は辛辣ですが、幻術師の能力を使った幻惑戦術のようです。
光の粒子を振りまいた王司池照は、二人、四人、八人と倍々に数をふやしてゆきます。
「流聖☆カレイドスコープ」
「イケメンが一人、イケメンが二人、イケメンは四人、イケメンが八人」
「どうかな、これがイケメン万華鏡☆」
「どれが本物かわかるかい☆」
「全員本物のイケメンではあるけれどね☆」
「キラッ☆」
メェ (厄介という以前に)
メエェ(全体的にうるさい)
メメェ(なにがイケメン万華鏡だ)
どれが本物かわからなかったので、水風船を投げました。
ドゴン。
巨大な水柱が生じて八人の王司池照に襲いかかりますが、八人の王司池照は全員バラバラに反応して攻撃を回避します。
<なんだ今の>
<水風船?>
<あんなふざけた水風船があってたまるか>
「おっといけない☆」
「イタズラな子猫ちゃん☆」
「でもだいじょうぶ☆」
「だって僕は……イケメンだから☆」
「キラン☆」
延々と喋り続けながら王司池照たちが迫り、八本の愛夢剣ラブソーンを繰り出しました。
ですがさすがに本物は一本です。素直に突かせて本物の所在を特定、ハンドガンで九発の拳銃弾を撃ち込みました。
「うわっ! 顔は撃たないでっ!」
普通の人間やアンデッドが相手なら射殺できている場面ですが、王司池照はラブソーンと腕で顔を守って後退、分身を消滅させたものの、大きなダメージを受けた様子はありませんでした。
相手が動かなくなるまで弾丸を当て続ける、という単純な戦法は通じにくそうです。
「P選手容赦なく撃つ!」
「やはりあの芸風はウザかったものと思われます!」
「しかしダメージは軽微」
「あのイケメン打たれ強いですからね」
なおこのあたりの実況ですが、皆頃シスターズの二人がフルリム・ウェリントン、夢姫ぽるるの戦いなどと並行して行っています。
マルチウィンドウで複数視点の映像を見られる仕様なのですが、どこの視点を見ても実況しているのは皆頃シスターズという、よくよく考えると異様な状況になっています。
分身などではなく、単純に卓越した実況スキルの成せる技だそうです。
「ところでP選手、本当に寝ませんね」
「睡眠無効でも持っているのでしょうか」
「そうだとすると王司池照の戦略は完全に崩壊していることになりますが、気づいているのか王司池照」
<気づいてない気がする>
<良くも悪くも自分の芸風で押し切るタイプだからな>
<そろそろチェインバー様のターンか>
距離が出来たので今度はシャークグリフで撃ってみましたが、これはラブソーンのナックルガードで跳ね返されました。
シャークグリフは複合属性武器ですが、銃剣が水属性、銃撃は風属性となります。
補正なしの通常射撃は通用しないようです。
幸い、というべきかどうかはわかりませんが、そのタイミングでフィールドにアナウンスが響きました。
『中間報告です。西新宿エリア完全崩落。ヒーローサイドのフルリム・ウェリントン選手がサレンダーで脱落となりました』
脱出サイドと違って、ヒーロー側の冒険者が脱落するとアナウンスが入るようです。
「あのメガネ! またムラッ気起こしやがったな!」
王司池照が怒りの声をあげている隙に、別の銃を引き出します。
「P選手、アイテムボックスから新しい銃を出す!」
「これは、アルフォンスですね。蟹座イベント特攻の水鉄砲ですが、バトルフロアではただの玩具……」
取り出したのは指摘通り、蟹座イベントの特攻アイテム、九八式錬金銃アルフォンス。
全長八〇センチのカービン銃サイズの大型水鉄砲となります。
抜き打ちの恰好で発砲、フルオートで水流をばら撒きます。
王司池照はトリガーと同時に弾道から体をずらそうとしましたが、わずかに間に合いませんでした。
ドドム!
蟹座の大星石による水属性強化(極大)の効果が乗ったアルフォンスは、水鉄砲が出すには重すぎる音とともに、三本の水流をビーム砲のように撃ちだします。
二発はかわされましたが、三発目で命中。
王司池照の胸元に直径一〇センチほどのまるい穴を開けました。
「……え?」
王司池照本人と、
「え?」
「ええ?」
実況の皆頃シスターズ。
<なんじゃ、そりゃ……>
<どうなってんだよそれ>
コメント欄が一様に混乱した声をあげました。
ブラックアウト相当のダメージを受けた王司池照の体が黒い光の粒子に変わって行きます。
「ま、待って! まだ! まだやれるって! こんなの平気だから! いやだ! もっとやらせてっ! 待ってぇぇぇぇっ!」
そんな声をあげながら、王司池照の姿が四散します。
「お、王司池照四散っ!」
「ですが、池照戦はここからが本番です!」
「この局面に持ち込んだだけでもキンキラキンボシですが」
「ここからどこまで通用するか!」
<……来るぞ>
<ゴクリ>
実況と視聴者が息を呑む中。
飛散しようとしていた粒子が再び一箇所に集まり始めました。
メェ (勝負はここからか)
メエェ(本番か)
メメェ(最強の一角が来る)
王司池照だったものが、再びフィールドに蘇ります。
背格好などはさっきまでと同じですが、ホスト風の男装ではなく、いわゆるメイド服姿。
さっきまでの騒々しさ、キラキラ感を全く感じさせない、落ち着いたたたずまいで降り立った彼女は、すっとスカートをつまんで一礼をしました。
「この度は御主人格の王司池照が大変ご無礼をいたしました。王司池照に仕える第二人格、チェインバー池照と申します。これよりは私がお相手を務めさせていただきます。どうぞよしなに」




