エピソード6
2015.1.22
私は文芸部を辞めた。
曲がりなりにも文章を人よりも上手く書けるつもりでいた。
小さな規模ではあったけれど、賞を取ることもあった。
だけど私の言葉は、本当に伝えたかったあの人には何も届かなかった。
将来は文字を書く仕事をして、それなりに成功するつもりでいた。
その自信は、跡形もなく砕け散った。
何も興味が持てなくなった。
夢も希望も目標も失い、私は大学を卒業した。
2020.7.12
実家の両親は無気力な私を心配した。
読書が好きだった私のために、今年の注目書籍の特集本を買ってきてくれた。
興味をひかれたわけではない。暇だったから手に取っただけだった。
あらすじやレビューに目を通し、怒りが湧く。
何でこんな作品が評価されているのだろう。不思議でしょうがない。
あの人の作品が世に出たら。
きっとこんなものじゃないのに。
何故ここにあの人の名前がないのか。
何故あの人はここにいないのか。
何故あの人は作品を書いてくれないのか。
苦しかった。
悔しかった。
だから、私はもう一度書くことにした。
たいしてやり甲斐もない仕事から帰宅後、寝る間を惜しんで小説を書いた。
あの人が描きたかった世界。
あの人が訴えたかった苦しみ。
あの人が嫌悪した社会。
何度も書き写して、手に刻み込まれたあの人の文体で。
何度も読み返した、あの人の表現技法で。
私があの人の代わりにあの人の作品を世に出さなくては。
その思いだけで、書き綴っては公募に出した。
過去には審査を通過し、賞を取ったこともあった私の文章は、どこにも認められることはなかった。
ただ絶望した。
どうしてあの人の才能に誰も気づいてくれないんだろう。
どうしてあの人の叫びに誰も耳を傾けてくれないのだろう。
こんなに心を揺さぶる作品なのに。
冷静ではいられなくなるほどの作品なのに。
ねえ、どうして?
どうしてあの人じゃだめなの?
なんであの人じゃないの?
ねえ……!
なんで……?
2021.9.30
ある日私は、気がついたら病院のベッドに寝ていた。
勤務中に倒れて病院に運ばれたらしい。
睡眠不足が原因なのか、医師から過労と適応障害の診断をもらった。
全く意図せず、しばらく休職することになった。
両親に泣かれ、何か憑き物が落ちたような気分だった。
倒れた時に夢を見たような気がする。
一度も姿を見たことのない、あの人が夢に出てきたのだ。
あの人は私に向かって、無慈悲にこう言い放つ。
あなたは私にはなれないよ、と。