エピソード5
2015.10.23
「おーい、来てるぞ」
文芸部の部室に、顧問が顔を出した。
私は顧問にレポートを提出してからは、真面目に部へ参加し作品を執筆していた。
あの人のような臨場感のある凄惨な戦争小説が書けるようになりたくて、専門資料を読み込んだり、戦争映画を見たり、その原作の小説を読んで表現技法を研究したりしていた。
でも他の作品を読んでも、面白いとは感じることはなかった。
私は戦争系の小説の面白さが理解できない。
あの人の物語のように、世界に没入するような感覚は、どの作品を読んでも感じたことはなかった。
顧問に渡された封筒。
何の個性もない、どこにでもある特徴のない無機質な茶封筒だった。
差出人、宛名の記載も一切ない。
それでも嬉しかった。
「……今日はもう、帰ります」
早く中が見たくて、すぐにアパートに帰った。
こんなに何かが待ち遠しいと思ったのは、子供のころ以来かもしれない。
クリスマスの朝、プレゼントを開封するときの気持ちにも匹敵するかもしれない。
幸せな気持ちで封筒から手紙を出し、最初の文を目にして、その気持ちが一瞬で消失してしまった。
『自分の文才の無さを嫌というほど突きつけられました』
そこには、そう書いてあった。
『自分の文才の無さを嫌というほど突きつけられました。
私が文字に込めたものは、何一つ貴方に届かなかったということですね。
これで完全に夢を捨てることができます。
私の未練を断ち切って頂き感謝しています。
私はもう二度と小説を書くことはないでしょう。』
たった五行の文章。
真っ白なA4の用紙に、明朝体の文字。
あまりにも多すぎる余白――。
それしかなかった。
紙が重なっていないかを何度も確認した。
裏に他の言葉がないかも何度も確認した。
けれどあの人からの言葉は、私が目にしたその5行のみだった。
私は何を間違えたのだろう。
周囲のカオス的な混乱と、主人公の冷徹な心理の対比バランス。
科学の最新技術を独創的に採用しながらも、SF要素と現実が乖離しない範囲で融合するリアリティ。
社会に燻ぶる不満を作品に投影し、それを一掃していくことで得られるカタルシス。
こんなに完成度が高い作品……今まで目にしたことがなかったのに。
褒めたはずなのに。
どうして。
何度も作品を読み返した。
あの人はこの作品をどう評価して欲しかったのか、何度も考えた。
だけど、私には読めば読むほど、あの人のことが分からなくなるだけだった。