エピソード3
昼休み時間を狙い、顧問へ会いに行った。
自分が何に突き動かされているのわからないまま、部誌を片時も離さずにいる自分がいる。得体の知れない焦燥感が、常に私の内にあった。
顧問に部誌を見せて尋ねてみた。
この人知ってますか?
連絡とれますか?
会うことはできますか?
顧問は矢継ぎ早に質問をする私が珍しかったらしい。少し面食らった顔をしてから、部誌を手にとり「……おお」と呟いた。
「彼女、大学辞めたんだ」
――彼女?
女の人……?
私は衝撃を受けていた。
勝手に作者は男性だと思いこんでいたせいだ。
内戦をテーマに取り上げているだけあって、政治・軍事的な描写も緻密に練られていて、てっきり軍事オタクなのかと予想していた。
至るところで女性が蹂躪されていく描写も生々しくて、女性が書いたものだと言われても、まだ信じられない自分がいる。
いや、違う。
残酷な描写がどこまでも冷酷なまでに美しく感じてしまうのは、どこか乖離した視点で物語を作り上げているからだ。
オタクのような熱量や執着は、この人の物語にはない。
この人の物語は、どこまでも冷たい。
まるで、鋭利な刃物のように――。
「……あの、この人に会いたいんです。
連絡先とか、分かりますか?」
顧問は困ったように眉を寄せた。
「今、個人情報にいろいろうるさい世の中だからね……。彼女が大学辞めたのもいろいろ理由があったみたいだから。
でも意外だね……なんでまた急に?」
「すごく……この話に……感銘を受けて。
書いた人に、会いたくなったんです」
「へえ、ファンってことか。文芸部らしくていいねえ」
その軽い言い方が嫌味に聞こえてカチンときたけれど耐えた。
実際、私が文芸部に所属していても、他の部員と温度差があり、馴染めていないのは事実だったから。
「連絡取れるかは分からないけど、君が言ってたことは伝えてみるよ。もし彼女がOKだったら君に連絡先を教える。そういう感じでいいかな?」
私は顧問へ頭を下げ、研究室から出た。
部誌を部室に返却する前に、彼女の作品をコピーした。
淡々とした文体で語られる殺戮の記録。
人の命が、虫や雑草と同等の価値で潰されていく世界の物語。
ひどく気分を害するような、不快なテーマのストーリーなのに、なぜかこの物語を手放したくないと感じてしまう。
部室に戻って部誌を戻すと、そのままアパートに帰ることにした。
文芸部の人たちと活動するよりも、彼女の作品を読み返すことの方が、自分にとって何倍も価値があると感じたからだった。