エピソード2
2014.09.05
それは、あまりにも多くの人々が無惨に殺されていく物語だった。
どこまでも冷たく、どこまでも無慈悲に。
そしてあまりにも日常的に。理由もなく。当たり前のこととして。
その迫力に、一瞬で飲み込まれた。
その文章は、明らかに他のものとは表現力が別格過ぎた。
「……あの、これ……誰が書いたんですか?」
文芸部の部室。
私の心を一瞬で奪っていったその作品のページを開いたまま、手近にいた先輩に見せてみた。
部誌を持つ私の手が、わずかにふるえている気がする。
そこには『色彩亡き世界』というタイトルと、作者名にN-Nと書かれている。
「ん? これ、いつの部誌? あー、ちょっとそれボクじゃあ分からないなあ。四年生なら知ってるんじゃないかなあ」
先輩に言われて気がついた。部誌の発行年月日は5年前のものだった。
いくらなんでもさすがに卒業してしまっている。そんなことも気づけなかった。
まだ興奮が冷めない。
私は先輩に声をかけ、その部誌を貸りることにした。
手は自然にもう一度、その作品のページを開いてしまう。
目が自然にその文字へと引き寄せられてしまう。
この物語は一体なんなんだろう。
なんでこんなに胸がざわざわして落ち着かなくなるんだろう。
たかが素人の考えたフィクションなのに。
でもこんなにすごい文章書く人なら、もしかして卒業後にプロになっているんじゃないだろうか。
それなら読みたい。
この人の書いた作品をもっと読みたい。
この人の作品を買いたい。集めてみたい。
家に帰った私は、その人の作品を何度も何度も読み返した。
***
翌日、私は朝すぐに4年生の講義室の前で文芸部の先輩を待ち伏せして、昨日部室でしたのと同じ質問をした。
4年生が言うには、途中で退部した人だった気がする、とのこと。
学年も違ったし、そこまで親しい関係ではなかったから、詳しい話は顧問に聞いてくれと言われた。
悔しいことにその時点で次の講義開始の3分前だった。
仕方なく私は、自分の講義室に戻ることにした。