プロローグ
20XX.XX.XX
荷物を整理していると、棚から古い茶封筒が出てきた。
中を覗くと、数枚の紙が入っている。
くたびれたコピー用紙に紡がれた縦書きの文字。
最初の文字を目にした瞬間、すぐに記憶がよみがえってきた。
これは、あの人の物語だ――。
封筒から丁寧に紙を取り出し、そこに紡がれた文字に目を通す。
たちまちあの人の世界に飲み込まれた。
そして気づく。
『彼』は、最期にやっと救われたのだということに。
私はようやく理解した。
何年もかけて、今やっと、ようやくあの人の言葉の意味が理解できた。
何度も何度もこの目で読み返した。
何度も何度もこの手で書き写した。
何度も何度も心血を注いで、あの人の世界を再現しようとした。
何度も何度も、あの人の作り出した世界に溺れた。
なのに。
あの時の私は、この仕掛けに全く気づけなかった。
あの人に執着することをやめてから気づくなんて、あまりにも皮肉だった。
プロローグだと思っていた描写は、エピローグだった。
エピローグのあとの、本当の結末がそこには語られていた。
悲劇の始まりであるはずの冒頭の描写は、彼の最期の意識だった。
悲しくて優しい、祈りが込められた結末だった。
これがあの人の書きたかったこと……。
視界にうつる文字が歪む。
もうあの人のことを追うのをやめて。
もうあの人のことを思い出さなくなって。
なのに今、少しだけあの人に近づけたような気がする。
それでも。
やっぱり敵わない。
あまりにも遠すぎる。
涙が止まらない。
歪む視界の中、私がかつて強く執着した文字たちを見つめる。
その物語は、終始残酷な言葉にあふれていたけれど、たしかな祈りに満ちていた。
あの人がこの物語の中で、本当に伝えたいと願っていた祈りが、そこにはたしかに存在していた。
私はその祈りの結晶を、大切に胸に抱きしめて泣いた。