93 クロードさんの申し出
クロードさんの申し出は渡りに船だ。アルバート君たちが大変そうで申し訳ないと思っていたから、本当にありがたい。
「助かります。ぜひお願いしたいです。ではさっそく明日からでもお願いします」
「ああ、よかった。みんな喜びます」
クロードさんはそう言って笑う。マッチョな人だが、笑うと少年みたいな表情になる。
ソフィアちゃんがやたらクロードさんに懐いていて、ぐりぐりとクロードさんの腿におでこをこすり付けている。クロードさんもソフィアちゃんを可愛がってくれる。やっぱり犬型獣人同士、感じる何かがあるのかな。
「クロードさん、あの、聞きにくいことを聞きます。お嫌だったら返事をしなくていいです。もしかして、クロードさんのお仲間は全員、その……獣人さんですか?」
「お察しの通り、俺と仲間は全員犬型獣人です。足は速いし配達先は間違えません。持久力もあります。配達の仕事に向いていると思いますよ」
「ありがたいです。でも、患者さんがいる家にも配達することになりますが、大丈夫でしょうか」
「俺らは一般人の病気をもらう心配はほとんどないんで、ご心配なく。俺が獣人と知っていても雇っていただいて、感謝しています」
クロードさんはそう言って帰っていった。
翌日、クロードさんが仲間を連れてきてくれて、『隠れ家』の配達員は合計六人になった。
配達員が増えてから、街で配達員を見かけた人がその場で注文してくれることが増えた。「わざわざ店に行かなくても注文できるのは便利だ」と、お客さんから喜ばれている。
昼の配達を終え、午後二時過ぎに遅い賄いを食べているクロードさんが感心した様子で話しかけてきた。
「配達用のリュックも弁当箱も、よく考えられていますね。マイさんは先見の明がある」
「ありがとうございます」
それは前の世界の知識を流用しているからです。料理も全部、先人のおかげなんです。
「それにここは賄いが旨い。毎日こんなに旨い賄いが食べられて、ありがたいです」
「ですよね。俺たちも最初、賄いに感動しました」
ワッシワッシと賄い料理をかき込んでいたアルバート君が、クロードさんに応じる。二人とも笑顔だけれど、アルバート君がクロードさんに気を使っているのを感じる。やっぱり放火しようとして犬型獣人集団に捕まったことは、気まずいよね。
そんなことを思っていたら、ピアスからヘンリーさんの声が聞こえてきた。
『少し話がしたいのだけど、今、大丈夫ですか』
「大丈夫。どうしました?」
『王妃殿下が病に感染したので、マイさんのポーションを分けてほしいそうです。陛下の侍従さんからお声がかかりました。すでに魔法部のポーションは二回飲んだのに、症状が改善しないそうです」
王妃様と聞いて緊張する。
「わかりました。ポーションは私が運べばいいですか?」
『いえ、今から俺が受け取りに行きます。では』
ヘンリーさんは馬でやってきた。一人ではなく銀髪で青い瞳の、中年紳士が同行してきた。
「初めまして。陛下の侍従を務めているローマン・エリントンです。ポーションの提供をありがとうございます」
「エリントン卿の同行は、マイさんや俺を疑っているわけではないから気を悪くしないでください」
「大丈夫です。気にしません。エリントン様、ポーションは瓶に移しておきました。念のために五本用意しました。どうぞ」
木くずを詰めた木箱の中に、細長いポーション瓶を入れて渡し、気になっていることを尋ねた。
「警備隊が配っているポーションの作り手がヘンリーさんの関係者だと、どうしてご存じなのでしょう」
「それは……」
エリントン様がチラッとヘンリーさんを見て、ヘンリーさんが説明してくれた。
「王都に限らず、国内の情報を集めることもエリントン卿の仕事なんです。警備隊が配っているポーションの効き目が素晴らしいことは、すぐエリントン卿のお耳に入ったそうです。そこから陛下にお話が行き、陛下から養父に『警備隊が配っているポーションは、マイが作っているのではないか。もしそうなら少し分けてほしい』と連絡があったそうです。それで養父から俺に確認が入りました。養父はポーションの件を知らなかったので、驚いていました」
「そうでしたか。納得いたしました」
ヘンリーさんとエリントン様にはそう言って見送ったが、一人になってから「ううわ、怖っ」とつぶやいた。国内の情報を集めるのが仕事って、あちこちに情報を集める配下の人間がいるってことよね。それに、ヘンリーさんではなくハウラー家に尋ねるところが王家っぽい。
「マイたん、こわって、なに?」
「ひゃっ!」
足元にワンコソフィアちゃんがいた。
「ソフィアちゃん? いつからそこにいたの?」
「いちゅから、わからない」
「ずっとワンコだったの?」
「ワンワン、いま」
よかった。尋常でなくでっかい子犬がいたら、エリントン様に獣人だと気づかれるところだった。
「フィーちゃんね、クローロ、好き」
「クローロ? ああ、クロードさん? 優しいわよね」
「マイたん、クローロ好き?」
「うん。好きよ」
「マイたん。クローロ好き! 好き!」
ん? 誤解してる? でも三歳児相手に「この場合の好きっていうのは」などと言うのも変か。どうかヘンリーさんの前で「マイたんはクローロが好きって言った!」なんて言いませんように。
ソフィアちゃんはクロードさんやお仲間の周りを走り回って、たまに幼児の姿のままズボンを噛んでグイグイ引っ張ったりするが、みんな笑って相手をしてくれる。犬型獣人同士はやっぱり仲がいい。
そういえばアルセテウス王国の獣人さんたちはどうしているんだろう。この国で不快な経験をしていないだろうか。クロードさんはなにか聞いていないだろうか。
「クロードさんのお店に、アルセテウス王国の人たちが来たことはありますか?」
「ええ。文官さんがしょっちゅう来てましたよ。ウェルノス王国の酒も食べ物も美味しいと気に入ってくれていました」
「獣人だからと不快な思いをさせられていないですかね?」
「聞いたことないですよ。そもそも我が国に来ているのは偉い人ばかりですからね。獣人に偏見がある人だって、あの人たちに失礼なことはできないと思います」
そっか。それならよかった。アルセテウス王国との国交樹立で、この国の獣人への偏見が薄れるといいな。ソフィアちゃんが大人になって社会で働くようになったとき、この子がなにか悲しい思いをしたらと、想像しただけで胸が痛むよ。
夕方、ヘンリーさんから連絡が来た。
『毒見を経て、無事にマイさんのポーションが王妃様に渡されました。今日はありがとうございました』
「どういたしまして。早く良くなるといいですね」
『きっと良くなりますよ』
素人の考えだけれど、ポーションは自己免疫力を高めるんじゃないかな。もしポーションが病そのものを消すのなら、水痘はかさぶたを作ることなく消えるだろう。ヴィクトルさんに確認したけれど、お城のポーションより効くと言われている私のポーションも、病の段階を踏んでかさぶたができてから治るそうだ。ポーションを飲んだ飲まないの違いは、治るまでの時間だという。
王妃様の体内で免疫の仕組みが力強く働いてくれますように。私のときのように、手遅れになりませんように。
その夜、ベッドに入ってから、ヘンリーさんの声が聞こえた。
『まだ起きていますか?』
「はい、起きています。ヘンリーさんは宿舎ですか?」
『ええ。湯を浴びてベッドに横になったところです。最近、隠れ家の配達員を街で何度か見かけたのですが、その中の一人をどこかで見た覚えがあるんです。どこで見かけたのかなと思って』
「ああ、はいはい。クロードさんとお仲間を配達係で雇いました。クロードさんて、染色場で一番外側を走り回って活躍していた人です」
『ああ、犬型獣人の彼でしたか……』
「クロードさんたちを雇ったの、もしかしてイヤでした?」
『まさか。俺のことをどれだけ心の狭い男だと思ってるんですか』
「よかった。ヘンリーさんはそんな人じゃないですもんね」
微妙な間があってから『そうですよ。気にしません。ではもう寝ますね。おやすみなさい』と言った声が、いつもより少しだけ低かった。猫になりかけている時の声に似てたけど、武士の情けだ。気づかなかったことにしよう。