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67 ep.7  【ロミ夫婦の会話】◆

『酒場ロミ』の開店前。

 店主のロミは帳簿を付けながら、グラスを磨いている夫のチャールズに話しかけた。チャールズは店主の役目をロミに任せ、普段はバーテンダーに徹している男だ。常連客以外は、彼のことを雇われている従業員と思っている人も多い。


「ねえあなた、染色場の話を聞いた?」

「デリックから聞いた。仲間内じゃ最近はその話ばかりだな。滅多にないことだったから、デリックがはしゃいでいたな。彼は参加していなかったらしいけど、犬型だからな。誇らしそうだったよ」

「あなた平気なの? 私たち、全く声をかけられなかったのよ? 悔しくないの?」


 チャールズは磨き上げたグラスをカウンターに置くと、次のグラスに手を伸ばした。


「馬鹿を言うな。相手は猿型だぞ? あの腕力を知らないわけじゃないだろう」

「でも!」

「俺は耳を引きちぎられるのはごめんだね。耳どころか手足だって引き裂かれるかもしれない。まだ末っ子のティナが小さいんだ。俺は命が惜しい。犬型の連中だってウサギに助けは求めないよ。仕方ないだろ? 俺たちは逃走専門なんだ」

「もう! 意気地いくじなし!」


 ロミは小さく口の中でつぶやいたが、耳のいいチャールズには聞こえている。ロミはそれも計算してつぶやいているのだ。


 本当はチャールズも悔しい。以前から猿型獣人の若者が暴れているという話を聞いて心底苦々しく思っていたのだ。獣人たちは獣人であるがゆえに真面目に暮らすことが身に沁み込んでいる。


 だから暴れている猿型の若者たちを抑え込むために、犬型獣人たちが職業を超えて集結し活躍した話は胸躍るものがあった。よくやった、と参加しなかった獣人たちは心で拍手している。


 今まで種族ごとに集まることはあっても、他の種族の若者を制圧するなんてことは一度もなかった。その場に参加した連中がひと仕事終えた後で酒を酌み交わしたという話も、チャールズは羨ましい。その一方で猿型獣人の大人たちは肩身が狭いだろうなと同情する。


「ロミ、機嫌を直せよ。それにしても、今回の件でリドリックに罰を与えると断言した一般人がいるらしいな。聞いた話じゃ、文官様の制服姿だったそうだ。そんなことあると思うか? 本当なら俺は興味あるね。どんな人なんだろうな」


 ロミがキッとチャールズを睨む。


「悪人を懲らしめてくれる人を詮索するのはやめましょうよ。その人が困るじゃないの。私たちの味方をしてくれる人がお城にいたってことが重要なのよ。そこ、わかってる?」

「わかってるけどさ。知りたいじゃないか」

「そうだとしても詮索しないでよ! 長い長い間、私たちは何かあれば逃げて隠れることしかできなかったけれど、これからは違ってくるのよ。獣人への差別をしないと言ってくれる人が役人に現れたの。これは幕開けだわ。獣人社会に新しい時代がきたのよ。子供たちの世代は、もっと自由に生きられる」


 一度帳簿に向かったロミがまた顔を上げた。


「子供たちにも話して聞かせなきゃね。私たち獣人の先祖は古大陸から新大陸に上陸して、他国を経てこの国に定着したわけでしょ? ずっと目立たぬよう見つからぬように暮らしてきたわけじゃない? 野蛮だの凶暴だの、言葉が話せないだの、馬鹿みたいな偏見を持たれてさ。でも、ついに人間たちの中に獣人を下に見ない人が現れた。これは記念すべきことよ」

「そうだな。二月の末日は記念日として覚えておかないとな」

「ええ! その日だけはエールを一杯ずつ無料にしてもいいわね」

「無料はそれだけにしておけよ」

「わかってるわよ。荒事あらごとで力になれない分、そんなことぐらいしかできないのが悔しいけどね。ああ、来年の二月が待ち遠しい!」

 

 チャールズが磨き上げたグラスに蒸留酒をひと口分だけ注ぎ、顔の前に掲げた。


「城勤めの文官様に。乾杯」

「チャールズったら! 私も乾杯するわよ」

「開店前だ。ひと口だけだぞ」


 そう言ってチャールズはロミの分のグラスに蒸留酒を少し注いだ。


「では改めて。勇気ある文官様に、乾杯」


 二人はカチンとグラスを合わせ、琥珀色の液体を飲み干した。


 

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