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55 弱っているあなたに五目炒飯

 翌朝、いつもの時間にソフィアちゃんを連れて、ディオンさんが店に来た。


「マイたぁん! フィーちゃん来たよぉ!」

「おはよう、ソフィアちゃん。今日も元気でいいねえ。ディオンさんもおはようございます」

「おはようございます。マイさん、なんだかご機嫌ですね」

「ええ、ご機嫌なんです」

「では今日もお世話になります。よろしくお願いします」


 ディオンさんは何か言いたそうな視線を私に向けたが、何も言わずに仕事に向かった。

 春待ち祭りの少し前、ディオンさんからお祭りに誘われた。その時、「一緒に行く約束をしている人がいる」と答えるのに迷いはなかった。それ以降、お誘いは何もなくなった。


「フィーちゃん、穴掘りしたいよ! ワンワンで掘りたい!」

「じゃあ、お庭から絶対に出ないって約束できる?」

「うん!」

「ちょっと待ってて」


 朝の忙しい時間に行き止まりの家の裏庭を覗く人は、まずいない。だが用心に越したことはないから、あの仕組みを用意することにした。

 結界をひも状にして道路に張った。高さは地上五十センチ。結界ひもの最後は裏庭まで伸ばした。人間が店より先に近づけば必ず結界ひもに引っかかる。ひもに誰かが引っかかれば裏庭で鈴が鳴る。時代劇に出てくる鳴子なるこの仕組みだ。

 鈴が鳴ったらソフィアちゃんを抱えて厨房に駆け込めばいい。鈴は銀貨で作った。


「完璧」

「かんぺきってなあに?」

「完璧っていうのはね……」


 後ろから声をかけられて振り返ったらワンコがいた。




 挿絵(By みてみん)


 可愛い真顔に思わず笑ってしまう。


「なんで笑うの? なんでぇ?」

「だって可愛いんだもん。世界一可愛いわ!」

「せかいいちってなに?」

「世界一ってね、すごいってこと」

「せかい、すごいの?」


 最近のソフィアちゃんは「なぜなにモード」だ。猛烈な勢いで言葉を覚えている最中で、この子の前ではやたらな言葉を使えない。先日はお絵描きしてから「私が描いたワンコ、下手くそだったわ」と何げなく言ったら、『下手くそ』という言葉に夢中になって連発し始めた。


「この本、へたくしょ。このお人形、へたくしょ。テーブルへたくしょ。お靴もへたくしょだよね!」

「わわわ、ソフィアちゃんごめん。へたくそは悪い言葉だった。忘れて!」

「やだ! へたくしょ! へたくしょ! へたくしょおお!」


 どうしようと焦った。よく考えたら漢字で書けば「下手糞」ですよ。ろくでもない言葉だったわ。

 お昼に迎えに来たカリーンさんに平謝りした。カリーンさんは「私も何度それをやったことか。気にしないで。そのうち忘れるでしょう」と笑ってくれた。


 ソフィアちゃんは穴掘りに夢中だ。ガッシガッシと力強く穴を掘っている。それを笑いながら眺めていて閃いた。たくさんのダイヤをどこに隠そうかと考えていたけど、穴を掘って埋めておこう。土魔法で何メートルでも掘れるのだから、深い土の中に埋めて目印にベンチでも置けばいい。


「マイたん! 見て! おっきい穴! すごい?」

「すごいねえ。上手だねえ」


 褒めたら突然気が変わったのか飽きたのか、ソフィアちゃんが庭の端っこに植えられているヒイラギに駆け寄った。そこの根元に私が掃き集めておいた落ち葉を蹴散らかしている。そしてまた「見てぇ! ここ見てぇ!」が始まった。


「何を見つけたのかな」と近寄ったら、落ち葉の下で越冬していたテントウムシの集団だった。一匹なら可愛いテントウムシも集団は怖い。「ギャッ」と叫びたいのを我慢したのは、ここで叫んだらソフィアちゃんが虫を怖がるようになるかもしれないからだ。


「テントウムシだねえ。可愛いねえ」

「てんとむし?」

「そうだよ、テントウムシだよ」

「てんとむし! かわい!」


 楽しそうで何より。

 ひも状結界を消して泥だらけになったソフィアちゃんをお風呂で洗い、ランチを作り始めた。ソフィアちゃんは穴掘りで電池切れになったらしい。今は二人掛けのソファーで眠っている。


 私は玉ねぎを炒めながら、すごくワクワクしている。伝文魔法の白いイガイガの代わりにテントウムシを使おうと思いついた。テントウムシをヘンリーさんのところまで風魔法で飛ばして、ヘンリーさんの耳元で声を聞いてもらったらいいのではないか。テントウムシならどこにいても目立たない。実にいい思い付きじゃないか。


 だけどご機嫌でランチ客の相手をしていて、このアイデアの欠点に気がついた。

 私、ヘンリーさんがお城のどこにいるのか知らなかったわ。居場所がわからない以上、風魔法で送り届けようがない。


 その日、午後二時の鐘が鳴ってもヘンリーさんは来なかった。お客さんの話では、古大陸から獣人の集団がやって来て、王都見物をしているとか。すわ黒船襲来かと思ったけど、そういう事ではないらしい。


「国側からずいぶん手厚くもてなされているよ」「獣人と言っても、見た目は全く俺らと変わらないんだ。びっくりしたよ」「愛想がよかったよ」「言葉もこの国の言葉を話しててさ」とか。


 批判的な意見は聞かれなくてホッとした。獣人さんたちの観光が、いい意味でこの国の人々の獣人に対する認識を変えているらしい。


 夜の九時すぎ、ノックの音に驚いて二階の窓から下を見たら、文官服姿のヘンリーさんがこちらを見上げていた。急いで階段を下り、店に入ってもらう。


「どうしました? 何かありましたか?」

「あなたの顔を見たかっただけです」


 そう言うヘンリーさんにふんわりと抱きしめられた。


「やっぱり来てよかった。癒される」

「暖炉の前の席にどうぞ。おなかは空いていませんか?」

「そういえば夕食を食べそこなった。クッキーは食べましたが」

「だめですよ。若い男性がお菓子で夕食を済ませるなんて。さ、座って。何か作ります」


 ヘンリーさんの腕から抜け出して、残っていた白米、ベーコン、ニンジン、玉ねぎ、卵、青ネギを眺めること五秒。五目チャーハンを作ることにした。野菜を刻んで炒めていたら、ヘンリーさんが後ろに来て、ポスッと私の肩に頭を置いた。


「本当は何があったんですか?」

「母がアルセテウス王国の船で古大陸に渡るつもりだそうです。いくら忙しくても、会いたい人には会っておくべきでした。まだ両手の指で足りるほどしか会っていないのに。優先順位を間違えないのが俺の強みだったのに。肝心なことで間違えました」


 私もおばあちゃん孝行をできなかったことで、どれだけ自分を責めたか。わかるよ、そのつらさ。でもカルロッタさんはまだ四十代。再婚の道もある年齢だ。このまま獣人への偏見がある国で暮らすよりもいいと本人が判断したのなら、誰にも止められないと思った。


「そうですか……。つらいですね。私もそうでした。健康だったときは今日と変わらない明日がずっと繰り返されるのだと、根拠もなく思い込んでいました。ヘンリーさん、生きていれば必ずまたカルロッタさんに会えます。今生こんじょうの別れではありませんよ。まずは食べましょう。おなかが空いていると、なんでも悪い方に考えがちですもの」


 ヘンリーさんはおとなしく厨房の椅子に座って私を眺めている。こんなふうに弱音を吐くヘンリーさんを初めて見た。(可哀想に)と思いながら五目チャーハンを作った。食欲をそそる匂いと見た目。私も少しだけ一緒に食べることにした。


 挿絵(By みてみん)


「さあ、一緒に食べましょう。うん、美味しい」

「お、これは旨い」

「よかった。これに合うスープがあるんですけど、次はそれも用意しますね」

「こんな短時間にこんなに旨いものが出てくるなんて、魔法使いみたいだ」

「実は魔法使いなんですよ」

「そうだったね。俺の好きな人は魔法使いだった」

 

 少し元気が出てきたみたいでよかった。ヘンリーさんが食べ終わるのを待って、テントウムシの話をした。

 

「それって、マイさんといつでも連絡を取れるようになるってこと? だとしたらこんな嬉しいことはないです」

「これから挑戦するところだから成功するかどうかはわかりませんよ? 手持ちの知識を組み合わせて、できるようになるまで練習するつもり。ただ、仕事中のヘンリーさんがどこにいるのかわからないから、テントウムシを送り届けられないなと思って」

「あー……。では今度、文官の大部屋を見に来ますか?」


 絵地図でも書いてもらおうかと思っていたのに、まさかの提案だ。


「いいの? 一般人がお城に入れるんですか?」

「なんとかします。ただし、人がいない夜にしてください。他の文官たちのギラギラした目でマイさんを見られたら、マイさんが減ってしまう」


 どんだけ心配性? いや、これは独占欲とかやきもちのほうか。まあ可愛いからいいけども。

 

「それと、キリアス君が魔法のレッスンに来ないんです。てっきり来るのだろうと思っていたのに」

「彼はグリド氏に『マイさんには四大魔法のおさらいをさせている。お前もやりたいなら基本からみっちり鍛える』と言われたそうです。それで行かないのでしょう」

「あら。なんでそんなことを?」

「おそらくグリド氏はキリアス君に教えるのをためらうような魔法を、先にあなたにだけ教えてしまいたいのだと思いますよ」


 キリアス君は警戒されてるということかしら。


「彼に問題があるのではないのです。彼の長兄が軍部の上層部にいて、父親は貴族界の主流派ですからね。グリド氏は用心しているのだと思います。獣人を見抜く魔法とか、離れていても連絡が取れる魔法なんて、軍が飛びつきそうじゃないですか。グリド氏はそういう権力から距離を取りたいのでしょう」

「なるほど。魔法使いを権力の歯車にしたくない、ということですかね」

「たぶん。さて、そろそろ帰ります。とても美味しかった。こんな時間に会えて話ができたのも、とても嬉しかった」

「私もです。気をつけて帰ってくださいね。それと、覚えていてください。私はいつも『隠れ家』にいて、ヘンリーさんが嬉しい時も悲しい時も、一緒に喜んで悲しみたいと思っているんです。一人で悲しまないでくださいね」


 ヘンリーさんがとても優しい表情で私を見た。


「遠い世界から来たあなたが、誰よりも俺の近くにいてくれるのですね」


 ギュッとハグされ、私もハグしてから見送った。

 一人になってから、暖炉の薪に変換魔法をかけてリアルなテントウムシを十匹作った。今はまだ木地の色だから明日は商店街に行って絵の具を探してみよう。


 あれこれ工夫しながら新しい魔法を考えるのは、本当に楽しい。

 ふと、ヘンリーさんの「遠い世界から来たあなたが」という言葉を思い出した。


 私がいた世界は、物理的に遠いのだろうか。


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