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45 最初のレッスンと光の波紋

 今日から午後の営業も再開した。被災地区の人々のほとんどが仕事に戻ったのだ。ヘンリーさんはランチに来なかった。また忙しいのだろう。今夜の魔法のレッスンには来られるのだろうか。


 午後、ヘンリーさんから手紙が届いた。魔法大好きなキリアス君なのに、今夜のグリドさんのレッスンには来ないのだそうだ。手紙には「家族の夕食に呼ばれたそうです。彼の家は結束が固いから断れないのでしょう」と書いてあった。


 グリドさんとサラさんは六時に来店し、少し遅れてヘンリーさんも来た。高齢のお二人のためにまた肉団子の煮込みを作った。柔らかい肉団子はきっと喜ばれる。


「肉が均一でかなりきめ細かい。これは包丁で肉を叩いたのではないのだろう? 使った道具を見せてくれるかい? 魔法でつくったのかね?」

「そうです。今ご覧になりますか? ではこちらにどうぞ」


 もう他のお客さんがいなかったので厨房に案内した。食事中なのに立ち上がるグリドさんに、同行してきたサラさんが下を向いて苦笑している。


「これが肉を挽く道具です」

「ほお。この中はどうなっているのかね。抜いて見せてくれるか? なるほどなるほど。らせん状の刃が回転しながら肉を刻むわけか。そして最後にこの穴から肉を押し出すのだな。よく考えてある。これを売り出せば大変な人気になるだろう」


 グリドさんは目を輝かせてミンチ機を眺めている。私が売る気はないと答えると、アッという顔をしてから笑い、「今度、その理由も見せてもらいたいものだ」と言って席に戻った。魔法でお金を稼いでいることを見抜かれたらしい。

 グリドさんが先生のお顔に変わって質問した。


「マイさんは変換魔法が得意だろう? どの程度のことができるのか、教える前に確認したい」

「承知しました」


 薪で木のお皿を数枚作り、テーブルは少し考えてからミケランジェロのピエタ像に変換した。私はイエスの亡骸を抱くマリアのあの像が大好きで、ピエタ像の見学目的で何度文京区の教会に通ったことか。だから魔法で変換したピエタ像は小さいながらも忠実に再現されている。いつもより少しタイムラグが長かったのは、お皿や荷車よりも複雑な物を出したからかな。


 ヘンリーさんは離れた席に座って腕組みをして見ていたが、彫刻を出したのは初めてだからか驚いて身を乗り出している。サラさんは口に手を当てて絶句している。サラさんは多分、像のすばらしさの方に感動しているんだと思う。グリドさんは無表情。


「これだけのことをやって、君は全く疲れないのだね」

「はい。私の魔力の減り具合がわかるのですか?」

「相手の魔力がどのくらいあるかを知るには、感知魔法を使う。相手にごくわずかな魔力をぶつけるのだよ。相手がたくさんの魔力を持っていると、自分が放った魔力が加速して跳ね返ってくる。魔力を持たない人だと、いったん魔力が吸い込まれ、身体がわずかに光る。相手が獣人だとその光の色が違う。獣人も種族によってその色が違う。それを読み取れるようにするには、ひたすら繰り返しだ」


 なんですって。


「それでは簡単に誰が獣人かわかってしまいますよね? 感知魔法は、魔法使いなら誰でもできることですか?」

「いや。今のところ、私の周囲でそれができる魔法使いはいない。優秀な魔法使いでも全員ができるとは限らない」

「では、誰がどのくらい魔力を持っているか、どうやって調べるのでしょうか。たとえばお城の魔法使いはどうやって選ばれるのでしょう」

「城で採用される魔法使いは実技を披露する形だ。感知魔法は古い魔法だ。ほとんどの魔法使いは感知魔法の存在も知らないんじゃないかな。なぜか、わかるかね?」

「実用性の問題でしょうか」


 グリドさんが満足げにうなずく。


「そうだ。実用性優先主義の弊害だ。『ある程度以上の魔力持ちも獣人も非常に少ないから、そんな魔法を覚えても無駄』という理由だ。魔法使いは覚えて習得すべきことが果てしなくあるからな」

「その魔法を使っても、相手の身体に害はないのですか?」

「安心したまえ。当てた魔力はすぐに光と共に身体から抜け出て消える」


 グリドさんが楽しそう。ヘンリーさんは無表情。


「時代によって求められる魔法は変わる。魔法の組み合わせも日進月歩だ。魔法使いが習得して次へと伝えていかなければ、使われない魔法は消えてなくなる。本を読んだだけで誰かの指導無しに技を身につけられる人などいないからな。そんな魔法使い、私はリヨルしか知らん。マイさんにはぜひ習得してほしい」


 さっそくそれを試した。何かを作ることなく魔力を放ったことがないから最初は難しかった。グリドさんに「肩の力を抜いて。魔力をふんわり漏らす感じだよ」と言われたが、ふんわり漏らすって? と戸惑う。何十回も繰り返して少しやり方がわかった。でも、出す魔力が多すぎるらしい。


「強すぎる。その強さは森や平原で使うレベルだ。雑踏でそんなに強く放出したら、魔法使いには気づかれる。声も距離に合わせて大きさを調整するだろう。それと同じだ」

「なんとなくイメージはつかめました。やってみます」

 

 そこからはひたすら魔力の放出で終わった。まるまる二時間放出のみ。とにかく薄く弱く。自分を中心に全方向へ魔力を途切れさせないように出すのは、力任せに魔力を放つよりはるかに難しい。じんわり汗をかく。


 二時間が過ぎる頃には、二回に一回はグリドさんから尖った反射が返ってくるのを感じられるようになった。サラさんからは返ってこない。サラさんの身体がわずかに白っぽく光るだけだ。ヘンリーさんは? と見ると、薄い赤に身体が光っている。(おお!)と感心した。

 九時の鐘の音が鳴り、それからだいぶたってから初回終了。


「よし、今夜はこれで終わりにしよう。これは日々訓練だよ。雑踏の中を歩きながら試してみればいい。面白いことがわかる。今夜は実に楽しかった。君には素晴らしい素質と才能があるぞ」

「私ではなく祖母の力ですね」

「それだけではない。私は三十歳でこの訓練を始めたが、これを習得して間違えずに反応を読み取れるまで、三週間はかかった。君は才能と可能性の塊だ。さて、帰ろうか、サラ」

「はい、旦那様。ですが、あの……」


 サラさんがピエタ像が気に入ったそうで、「テーブルに戻してしまうのでしょうか。代金をお支払いしますので譲っていただけませんか」と言う。お金は不要なのでヘンリーさんに頼んで馬車に積んでもらった。サラさんがとても喜んでいて私も嬉しい。

 お二人は今日も仲睦まじかった。ヘンリーさんは二人を見送ってから私を見た。


「俺の色は何色でしたか?」

「薄い赤でした。とてもきれいで上品な赤」

「薄い赤ね。覚えておきます」


 そのあとは「おやすみなさい」と言ってハグして帰った。ヘンリーさんは護衛騎士みたいだった。


 翌朝、ワクワクしながら早朝の市場通りへ行った。この時間に来るのは商売人が多い。私も仕入れをしながらゆるく魔力を放出してみた。


(うわぁ、面白い!)


「弱く、ふんわり」を心掛けて魔力を放つと、湖水に石を投げ込んだように近くの人から身体がぽうっと光る。ごくわずかな時間差を生みながら光の波紋は広がって、遠くの人の身体が遅れて光る。

 

(へえ! へえ! へえ!)


 通りを歩きながら魔力を放ち続けた。周囲の人々が光るのが興味深くて、ずっと市場通りを歩いていたら、私の魔力が跳ね返ってきた。近くに魔力持ちがいる!

 ゆっくりと周囲を見回す。

 いた。一人だけ光っていない男性がいた。五十歳くらいの細身の男性だ。肉や野菜をたくさん買い込んでいる。魔力を持っていても魔法使いとは限らないらしいけれど、結構鋭い反射が来たような。


 その後もたっぷり時間をかけて魔力を放ち続け、ソフィアちゃんが来る時間ギリギリに帰宅した。


「マイたん、フィーちゃん来たよぉ!」

「おはよう、ソフィアちゃん」


 ソフィアちゃんとディオンさんは何色に光るのだろう。

(すみません、これも修行です!)と心で謝りながら魔力を放った。ディオンさんとソフィアちゃんの身体は、魔力を吸い込むとおなかを中心に柔らかい青色に光った。心の中でまた(おおお!)と叫びつつ、「今日も大切にお預かりしますね」とディオンさんを見送った。

 なるほどねえ。あれが犬型獣人の色なんだ!


「ソフィアちゃん、今日は一緒に畑を耕そうか」

「うん!」


 裏庭に元々作られていた小さな畑を耕すことにした。ソフィアちゃんには鉄鍋から作った小さなスコップを渡し、私は庭に置いてあった使い古されたクワで畑を掘り返してみた。クワの使い方を知らないので、なかなか上手に掘り返せない。


「難しい。ソフィアちゃんは穴を掘れた?」


 左後方を振り返ったら、可愛い子犬が猛烈な勢いで土を掘っていた。

 ガッガッガッガッと一心不乱に前脚で穴を掘っていて、もう直径五十センチくらいの深い穴が掘られていた。ソフィアちゃんが私の「あっ」という声に気づいたらしく、掘るのをやめて「うん?」とこっちを見た。

 くっ、可愛すぎる!


「フィーちゃん、ワンワンのほうが掘れるの!」

「そっか」


 土まみれのワンコソフィアちゃんが可愛くて、ゆるく笑いながらも(服はどうした)と見回した。庭のヒイラギの枝にワンピースとおぱんつが引っかけられている。


「ソフィアちゃん、ここは行き止まりだから人が来ないと思うけど、見られたら大変よ? 今度からワンコになるときは私に声をかけてからにしてね」

「わかった」


 ほんとにわかったかは不明だけど、とにかく泥まみれのこの子を洗わなくては。

 ソフィアちゃんを浴室に入れ、台所でお湯を用意したふりをして魔法で四十度のお湯を出し、桶でどんどん運んでゴシゴシ洗う。


「石鹸、いい匂い! なんの匂い?」

「これはお花の匂い」

「フィーちゃんち、匂いないよ? いいなあ。いい匂い!」


 ワンコの体のままクンクンと石鹸の匂いを嗅ぐソフィアちゃんが可愛くて、喉元まで「同じ石鹸をあげるよ」と言いかけたけど、これをあげればカリーンさんがまた気を使ってお返しをするだろう。

 ああ、じれったい。魔法使いであることを隠し続けるのは厄介だ。


「この石鹼は貰ったの。また貰ったらソフィアちゃんにもあげるね」

「やったぁ!」


 人間に戻ったソフィアちゃんと二人で厨房に戻り、ランチの準備をした。

 洪水のときも思ったが、魔法のことをこの先も隠し続けていたら人の役に立てない。一人で生きていたときは自分を守るために隠すべきだと思ったけれど、今はそれが少々しんどい。


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