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王都の行き止まりカフェ『隠れ家』~うっかり魔法使いになった私の店に筆頭文官様がくつろぎに来ます~【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨
その後の隠れ家

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157 カルロッタさんとの再会

 王都見物と買い物を終えて王城に戻ると、ヘンリーさんが待っていた。


「おかえり、マイさん」

「ただいま、ヘンリーさん。イヤーカフを使って呼んでくれればよかったのに」

「俺も今、用事が終わったところだから。楽しめた?」

「はい! とても」

「そう、それならよかった」


 今まで付き添ってくれていたチーター型獣人のヴェルトラムさんが驚いている。表情は動かしていないんだけど、目玉が忙しく私とヘンリーさんの間を往復している。私としゃべっているヘンリーさんがとてもにこやかだからかも。

 ヴェルトラムさんは無表情だけど、ヘンリーさんを興味深そうに観察しているのは隠せていない。

 

「ヴェルトラムさん、護衛をありがとうございました。私たちは出かけますね」

「いえ、外出なさるのでしたら、同行いたしますし、道案内もいたします」

「そうしてもらおうよ、マイさん」


 ヘンリーさんがいいならと、三人で外出することになった。カルロッタさんに会いに行くにしても、いきなり行っていいのかなと思っていたら、「母にはもう使いを出して、了承してもらっています」と言われた。本当に私の考えを読めている。


「マイさんは感情がとてもわかりやすく顔に出るので」

「それは……褒めてないですよね?」

「素直で心がきれいな人だと褒めています」

「いやいや、いいほうに取り過ぎ」


 馬車を断って歩いているのだけど、この国の空気は甘い花の香りがする。歩道脇の植え込みに赤やピンクの花がたくさん咲いていて、ハチドリが飛び交っている。本物のハチドリを初めて見たわ。

 空が底抜けに青いし、気温は高いのに空気はカラッとしてる。


「カルロッタさんのご自宅に行くんですよね?」

「いや、勤め先です。そちらに来てくれと先触れに行った者が言われたそうで」


 勤め先に息子と嫁が行っても大丈夫なの? と思ったけど、万事に手抜かりのないヘンリーさんだから、心配はやめた。

 歩きながらヘンリーさんがごく自然に私と手を繋いだ。くあー。日本人としては護衛さんの前で恋人つなぎは恥ずかしいんですが。

 チラチラとヘンリーさんの横顔を見上げていたら、何度目かのチラ見でヘンリーさんが「くっ」と笑った。そしてヴェルトラムさんに向かって話しかけた。


「うちの奥さんは恥ずかしがり屋なんです。あなたの前で手をつないだだけで、こんな感じになるんですよ」

「愛らしい奥様ですね」

「ヘンリーさん? ヴェルトラムさんまで!」

「マイさん、さっきから顔が真っ赤です。この国では普通のことですから、気にしないでいいんですよ」


 ぐぬぬぬ! そうなの? わたしゃアルセテウス王国のことを何も知らないんですが?

 ヴェルトラムさんが微笑みを浮かべて、「我が国ではご夫婦で手をつないで歩くのは、ごく普通のことです」と教えてくれた。

 そうですか。覚えておきます。私は照れ臭いのをごまかしたくてヴェルトラムさんに質問した。


「そういえば宰相様は亀型だと自己紹介してくれましたけど、国王陛下は何型の獣人でいらっしゃるのでしょうか」

「現在の陛下はライオン型です。現在まで三代続けてライオン型の陛下ですが、その前は猿型の陛下でした。どの陛下も民に慕われる素晴らしいお方だったそうです」

「そうなんですか」


 どういう仕組みで国王が決まるのか、あとでヘンリーさんに聞いてみよう。私が現代日本の感覚で余計なことを言わないほうがいい気がする。

 やがて道の両脇が瀟洒しょうしゃな住宅街になった。庭の広い二階建ての家々が並んでいる。高級住宅街な感じ。

 そう思ってキョロキョロしていたら、前方にカルロッタさんが立っていた。


 カルロッタさんがこっちに向かって走り出したから、「ヘンリーさん、行って」と手を離した。ヘンリーさんとカルロッタさんが走り寄って、抱き合っている姿を見たら、なんかもう、私が泣いちゃって。


 よかったね。会えたね。これからは日帰りもできるから、もっと会えるよ。ウェルノス王国では数回しか会っていなかったことを、ヘンリーさんは後悔していたものね。

 ヴェルトラムさんがスッと緑色のハンカチを差し出してくれた。それで顔を押さえたらハンカチが涙で色が変わって、私は自分で引くほど涙を流していた。


 ヴェルトラムさんは「あの女性はハウラー様の母親ですか」とは聞かない。全く何も聞かない。

 顔がよく似ているから血縁者なのはひと目でわかるだろうけど、聞いてはいけないことだとわかっているのだろう。

 ヴェルトラムさんならカルロッタさんが猫型獣人だとわかるだろうし、ヘンリーさんが半獣人なことにも気づいているかもしれない。ううん、もしかしたらこの国で出会った人たちが皆、ヘンリーさんが半獣人だと察しているかもしれない。

 今更だけど帰国してから面倒なことにならないのかな。


 私とヴェルトラムさんが遅れて合流すると、カルロッタさんが私のことをギュッと抱きしめてくれた。


「マイさん、来てくれてありがとう。さあ、中へ。ここは私の勤め先だけど、雇用主のアルノルドさんがぜひヘンリーとマイさんに会ってご挨拶をとおっしゃっているの」

「俺もアルノルドさんに挨拶ができるのは嬉しいよ」

「私もです!」


 カルロッタさんが微笑んだ。ヴェルトラムさんは「私は家の外でお待ちしています」と言って、私とヘンリーさんだけがおうちの中に入った。

 家の中には、温厚そうながっしりした男性がいた。この人がアルノルドさんか。そしてその隣に可愛い男の子と女の子。この子たちはアルノルドさんのお子さんたちだね。雰囲気が似てる。感知魔法のおかげで三人が猫型獣人ってことはわかる。そして中学時代から店を手伝って接客していたから、この一家がとっても善良な人たちってこともわかっちゃう……と思う。


「こんにちは、テオです」

「クララです」

「そして私がこの子たちの父親のアルノルドです。カルロッタさんには家事全般を助けてもらっています。馬車、荷車、棚などを作る職人です」

 

 一家全員、どこまでも表裏がなさそうな。

 ヘンリーさんはオンとオフの態度がかなり違うから、猫型獣人はみんなそうなのと思ってた。でもこの一家はヘンリーさんとはちょっと違うタイプみたい。


 そのあとはアルノルドさん一家が「家族水入らずでどうぞ」と言って部屋を出ていこうとするのをヘンリーさんが「どうか一緒にいてください」と引き留めた。実は私も(人生で数回目の親子の対面だから、遠慮した方がいいかな)と思っていた。

 結局、六人のままヘンリーさんがカルロッタさんに優しい顔で話しかけた。


「母さんが幸せそうで、安心したよ」

「この国に思い切って移住してよかったわ。毎日が新鮮で楽しいの」

「うん、見たらわかる。アルノルドさん、母がお世話になっています」

「いえいえ、お世話になっているのは我々のほうで」


 するとテオ君が「カルロッタさんのごはん、美味しいんだよ! な、クララ?」とはしゃいだ声で言い、クララちゃんも「すっごくおいしい! 私、カルロッタさん、大好き」と答える。


「そうだ、カルロッタさん、息子さん夫婦にあなたの料理を食べてもらおうよ。あ、急にそんなことを言ったら迷惑かな」

「いえ、とてもありがたいです。ヘンリーは私の手料理を食べたことがありませんので」


 そうだった。私が「よかったですね、ヘンリーさん」と声をかけようとしてヘンリーさんを見たら、耳と首が赤いけど顔はスンと無表情。でもほんのり頬が赤い。

 きっと本当はすごく嬉しいのに(アルノルドさんや子供たちの前だし)と我慢してるんだね。はしゃいでいいのに。

 

 カルロッタさんが台所に立ち、嫁としてはカルロッタさんの手伝いをすべきか迷う。でもここはカルロッタさんの職場だから余計な手出しは無用か?

 普段あまり考えたことのない「この世界における嫁行動の正解」を猛烈な勢いで考えた。結果、「お手伝いしますか?」と聞いたけれど「大丈夫。座っていてね」と言われて、テオ君とクララちゃんの相手をすることにした。

 子供たちが先を争うようにして、カルロッタさんがどんなに優しいか、料理が美味しいか、海に一緒に出かけて遊んで楽しかったと教えてくれる。


 いろんな事情が重なってヘンリーさんは養子に出されたけれど、(本当ならそれはヘンリーさんが受け取るはずだった幸せだわ)と思うと胸が詰まる。親子の話に私は弱い。急におばあちゃんを思い出してしまった。

 やがて次々に料理が運ばれてテーブルに並んだ。鶏肉料理に魚料理。野菜サラダ。どれも美味しい。

 

 カルロッタさんは楽しい話題だけを選んで話している。

 カルロッタさんのこれまでの苦労を思い出して、(これが私に起きたことだったら)と考えてしまったらもう、鶏肉の香草煮込みを食べながらついに涙をこぼしてしまった。鶏肉をモグモグ食べながら泣くなんて、あまりにみっともない。全員が驚いて私を見ているじゃないの。


「マイさん?」

「大丈夫。ごめんなさい。胸がいっぱいになっちゃって」


 ヘンリーさんは私の涙の意味を理解したらしい。「マイさんは感激屋さんなんです」と如才ないことを言って、私を抱きしめて背中を優しく叩いてくれる。私は「すみません、これは嬉し泣きです」と言い訳をした。

 食事が終わったところで子供たちは部屋に行くように言われた。すでに言い聞かされていた様子で、素早くいなくなった。

 アルノルドさんが姿勢を正し、話し始めた。


「カルロッタさんがどんな人生を生きてきたのか、詳しいことは知りません。ただ、とてもつらい状況だったことは理解しているつもりです。今日、ヘンリーさんが来ると聞いて、ぜひ我が家を見て、どんな環境で働いているのかを知ってほしいと思いました。ここに呼んでと頼んだのは私です」

「母のこんなに楽しそうな様子は初めて見ました。感謝します」

「ヘンリーさん、マイさん、遠いから頻繁には来られないでしょうが、アルセテウス王国にいらしたら、ぜひ我が家へも遊びに来てください。今日も仕事を休んでいいと言ったのですが、カルロッタさんが休みたくないと言うんですよ」


 カルロッタさんは「当たり前のことです」と言って下を向いている。

 するとヘンリーさんがにこやかに話しだした。


「実はマイさんは大変に優秀な魔法使いなんです。彼女のおかげで、今後は来たいときに来られます。日帰りもできるんですよ」

「えっ、日帰り? どういうことなの? それは危険じゃないの?」

「マイさんの魔法で、一瞬でウェルノス王国からこの国に来られるんだ。危険じゃないよ」

「そうなんです。何度も試しましたが、毎回問題なく移動できましたのでご安心ください」


 カルロッタさんは「そうなのね」と言って、少し呆然としている。それから顔を上げてまっすぐヘンリーさんを見た。


「私はこの先の人生をこの国で生きると決めたの。ヘンリーにはもう会えないんだと覚悟を決めて船に乗りました。でも、神様が私にご褒美をくださったのね。あなたがマイさんに出会って、結婚して、マイさんが私とヘンリーをつないでくれる。神様は全部、ずっと、見ていらっしゃったんだわ」


 もうだめだ。私は我慢できずにまた泣いてしまった。

 よかったですね、カルロッタさん、ヘンリーさん。

 私もおばあちゃんの魔法を受け継いでこの世界に来て、本当によかった。

 


 

4月24日に『隠れ家』3巻が発売されます。ウェディングドレス姿のマイさんがカラーで描かれています。

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【小説・隠れ家は1・2巻発売中】

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