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王都の行き止まりカフェ『隠れ家』~うっかり魔法使いになった私の店に筆頭文官様がくつろぎに来ます~【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨
その後の隠れ家

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155 魔法陣を刷る

 届けられた版木は縦横三枚ずつの合計九枚に分割されていた。

 それぞれの版木の縁は、ジョイントマットのような凸凹が刻まれていて、スッと滑らかに、しかし隙間がなくピチッと連結できる。


「ヘンリーさん、これってすごい技術ですよね」

「デリックさんの腕の良さが、これだけでわかりますね。彼に頼んでよかった」


 ヘンリーさんは魔法陣を量産するためのインクをもう準備していた。私はペン用のインクを使うつもりでいたけれど、瓶に入れられたそのインクはだいぶとろみがある。そのインクは、業者に相談して選んでもらったそうだ。今さらながら、この人はよく気がつくと思う。


「まずは刷ってみましょう。マイさんはすぐに刷って使ってみたいでしょ?」

「……はい」


 見破られてる。おばあちゃんには、「せっかちだねえ。何事も慌てるとろくなことにならないよ」とよく言われたっけ。

 そこから先は二人で紙を貼り合わせる作業に没頭した。拡大した魔法陣の直径はだいたい私の身長くらい。せっせと紙を貼り合わせて一枚の大きな紙にした。そこでヘンリーさんが刷毛はけでインクを版木に塗り、二人で紙を慎重にのせた。ここでかすれたりずれたりしたらやり直しになる。余計な線や途切れがあったら、とんでもない場所に飛ぶことになってしまうかも。


 私がバレンを変換魔法で作った。二人で上から擦り、「一、二の、三」と掛け声をかけながら紙を持ち上げて床に置いた。すかさずヘンリーさんが魔法陣をチェックする。


「うん、問題ないですね。正確に刷り上がっています。この調子で二枚目も刷りましょう」

「待って。一枚できたんですから、二枚目からはこの紙を私が変換魔法で量産すればいいのでは?」

「できますか?」


 日本語の本を変換してウェルノス語の本にできたんだから、できるはず。


「正確な版木を作る自信はなかったんですけど、こうして刷った紙と同じものを作ることはできると思います。絶対に同じものを作れるのかと言われると……ちょっと自信がありませんけど」

「一枚作ってもらえますか? それを見てから判断したいです」


 私が大雑把だから不安ですよね。でも、いけると思う。変換魔法を使えば、ジンジャーエールを作るのと同じ仕組みで作ることができる、と思う。


「では」


 紙の束、インクの瓶、糊が入った小鍋を前に立ち、完成品の魔法陣の紙を見ながら変換魔法を放った。

 一秒ほどのタイムラグの後で、魔法陣が描かれた大きな紙が現れた。ちゃんと糊で貼り合わされている。

 ヘンリーさんが床に現れた紙に顔をくっつけるようにして確認した。

 かなりの時間をかけてチェックしていたヘンリーさんが立ち上がった。笑顔だ!


「完璧ですね」

「やった! よかった! じゃあ、紙を使い切るまで増産します」


 変換魔法を繰り返し発動した。紙がどんどん減って、すぐになくなった。早くオーブ村に行きたい。


「さて、マイさんはまずオーブ村に行きたいんでしょう? 何かお土産を持っていきましょうか」

「相談ですけど、村の誰も着ていないような可愛い子供服を買って贈るのと、布地を何種類か贈るのと、どっちがいいと思います?」

「ああ、なるほど。インゴさんたちが周囲の人に羨ましがられるような品か、ご近所におすそ分けできる品かってことでしょ?」

「そう。狭い村の中で、インゴさんたちが羨ましがられたり妬まれたりするような贈り物は避けたほうがいいかもしれないと思って」


 ヘンリーさんが微笑んで、「確かにそうですね」とうなずく。

 

「では、贈り物は布地をあれこれと、砂糖、塩、水飴、蜂蜜をたっぷり買うことにしましょう。そのほうが無難です。今すぐ買いに行きますよ」

 

 私たちは数種類の布地と砂糖などをたくさん買って、自宅に戻った。


「まずは私がインゴさんたちと住んでいた場所に移動しますね」

「そこから引っ越し先までは、あちらで荷馬車を借りましょう。これだけの荷物を抱えては歩けませんからね」

「馬車も一緒に移動できるような、もっともっと大きな魔法陣も増産できたら便利ですよね」

「マイさん、一度にひとつずつです。そんなに慌てる必要はありませんから」


 そうでした。私はついせっかちになってしまう。病気で早死にする未来は消えたのにね。

 魔法陣の中に、ヘンリーさんと向かい合って立った。足元には、贈り物がどっさり積んである。

 魔法陣に魔力を注ぎ、もう魔力が入らなくなってから変換魔法を放った。


 

 私が複製した魔法陣は、ちゃんと私たちをオーブ村まで運んでくれた。つまり、瞬間移動魔法はこの先いつでもすぐに使えるようになったってことだ。

 ヘンリーさんが近所の人に交渉して、馬と荷車を借りてきてくれた。ついでにインゴさんたちの引っ越し先への道順も聞いてきてくれた。

 ヘンリーさんが馬に乗り、私は布地や各種の瓶詰の山と一緒に荷車で揺られた。

 インゴさんたちの家に着くと、庭で薪割りをしていたインゴさんが、私たちを見て驚いた。

 

「ハウラー様! こんな田舎までお越しいただくなんて恐縮でございます。マイは元気そうだね。安心したよ」

「連絡もせずに突然お邪魔して、ごめんなさい」

「何を言っているんだい。いつだって好きなときに来ていいんだよ。まずは中へ入って。エラが喜ぶよ」


 引っ越し先の家はさっぱりと片づいていて、壁には刺繍された布が飾られていた。たぶん、エラさんの刺繍だ。

 

「今日は布地と甘いものをいろいろ運んできました。塩もあります。どうぞ受け取ってくださいな」


 エラさんは私を抱きしめてくれた後で贈り物の山を見た。「こんなに?」と戸惑っている。正直にこの贈り物を選んだ理由を説明したら、「マイの気遣いが嬉しいわ。近所の人にも配れるのはありがたい。みんなに喜ばれる」と言ってくれた。


 ひと通りの挨拶が終わって、魔法で移動する実験が成功したと説明した。一番先にオーブ村を選んだと言ったら、エラさんが目を赤くして「ありがとう」と繰り返してくれた。

 息子さん夫婦は遠くの畑に出ていて家にはいない。インゴさん夫婦の他には幼いお孫さんが二人。私たちを遠巻きに見ている。私は大量の贈り物とは別に運んできたマドレーヌとクッキーとシュークリームをカゴから取り出した。

 

「これは私が作ったお菓子です。ご家族でどうぞ」


 子供たちがシュークリームにかぶりつき、目を丸くした。気に入ってくれたらしい。

 またここに来たいなぁ。インゴさんたちがいる場所は、私にとって故郷みたいなものだもの。

 その後は子供たちをあやしながらたっぷりおしゃべりをした。暗くなる前に帰る旨を伝えると、馬と荷車はインゴさんがお土産を配りながら返してくれることになった。

 新しい魔法陣を広げ、驚いているインゴさんたちに手を振って、私とヘンリーさんはオーブ村を後にした。

 

 次はいよいよ獣人国『アルセテウス王国』への瞬間移動に挑戦だ。

 それにはまず、魔法部の魔道具で獣人国へ行かねばならない。ヘンリーさんが「交渉は任せて」と言っていたから安心していたのだが。


「実はキリアス君に交渉をして魔道具を使わせてもらう件は了承してもらったんですが、俺たちと一緒に行くのはリーズリー氏になりました。キリアス君は忙しくて無理でした。すみません」

「なんで謝るんです?」

「マイさんはリーズリー氏が苦手でしょう?」

「いえ、今はもう苦手ではないですよ。声が大きいなぁと思うくらいです」


 どうやらヘンリーさんは、リーズリーさんをあまり好きではないらしい。彼の話になると、私以外の人は気づかない程度に少し瞳孔が細くなる。

 リーズリーさんはマイペースで強引なところもあるけど、人柄を知ってしまえば可愛げがある人だと思うようになった。そう言うとヘンリーさんが「ええ?」と驚いている。


「可愛げ? あの人にそんなものありますか?」

「あります。キリアス君にもグリド先生にも共通している可愛げです。ひとつのことに夢中になると他が見えなくなるところです」

 

 ヘンリーさんが黙り込んだ。ヘンリーさんは可愛いと言われるのが好きではない。それを知っているから言わないようにしているけど、他の男性の可愛げを指摘すると、それはそれで面白くないらしい。

 手間がかかるね! 私は爪先立ちでヘンリーさんの頭を両手でワシャワシャと撫でた。


「何度も言ってますけど、ヘンリーさん以外の男性に興味がないので、不機嫌になる必要はないんですよ?」


 不機嫌を私に気づかれていないと思っていたのだろう。ヘンリーさんは赤くなって私から目を逸らした。


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