152 ロイ君のこと
駆け寄ってきたロイ君をレオンさんが抱き上げ、「楽しいか?」と話しかけた。ロイ君は抱っこされてレオンさんの首にしがみついている。お父さんが大好きなんだねえ。
「うん! ここ好き! 楽しい!」
「そうか、よかったな。お父さんはこの方たちとお話があるから、一人で遊べるかい?」
「遊べるよ!」
そう返事するなりロイ君が走り去った。ブランコを見つけて園庭の端へと走っていく。
「実は、私は結婚しておりません。恋人があの子を連れて同居が始まり、恋人がいなくなって今に至ります」
話を端折りすぎだ。ロイ君の母親はどうしたのかな。亡くなったってこと?
ヘンリーさんも同じ感想だったらしく、首をかしげて質問した。
「その恋人はどうされたのですか?」
「ある日『買い物をしてくる』と言って家を出たきり戻りませんでした。さらわれたのか、怪我でもしたかとずいぶん捜しましたが、見つからないままです。おそらく、自分の意思で家を出たのだと思います」
「ロイ君を置いてですか?」
レオンさんが言いにくそうに、絞り出すように返事をした。
「ええ。もしかしたら一般人の恋人ができたのかもしれません。恋多き人でしたので。それとも、私がいつまでも正式に結婚しなかったのが理由かもしれません。結婚したら獣人であることを隠し切れないと思いました。病気で高熱を出したり怪我をしたりすれば、望まなくても犬の姿になってしまいますから」
レオンさんは恋人の帰りを待ちながら、ロイ君の面倒を見てきたそうだ。
「幸い私は家で働いているのでロイを育てられないこともないと思ったのですが、やんちゃ盛りのロイを育てるのに手一杯で、最近は絵を描く余裕がなくなりました」
そこでレオンさんはロイ君を優しい目で眺めた。
「私は犬型獣人ですし、あの子は一般人の子です。でも、もう離れがたくなってしまって。世話係を雇う余裕はないので絵を描く時間は減りましたが、後悔はしていません。ロイのおかげで、とても幸せな毎日です」
レオンさんの微笑みに嘘は感じられない。だから私は笑顔で自分の胸を叩いた。
「お任せください。ハウラーこども園でお預かりします」
「助かります! 他のお子さんと一緒に遊ぶ経験もさせたいと思っていました」
ロイ君はレオンさんが犬型獣人なことを知っているし、自分が獣人ではないことも教えられているそうだ。レオンさんの収入は不安定で、年によって大幅に収入が違うらしい。その上、恋人に去られてからはあまり稼げていないらしい。
ロイ君がジャングルジムの上から大きな声をかけてきた。
「お父さんも一緒に遊ぼうよ!」
「うん、今行くよ。すみません、少し遊んでから帰ってもいいですか?」
「どうぞどうぞ。では明日からお預かりしますね。持ち物はお着替えを一式持ってきていただければいいので」
ふと、ヘンリーさんが何か言いたそうに私をチラチラ見ているのに気がついた。
「ヘンリーさん、何か言いたいことがあるんですか?」
「レオンさん、俺もロイ君と一緒に遊んでいいですか?」
「もちろんです。あの子は私以外の人とあまり関わったことがないので、ありがたいです」
ヘンリーさんは一人っ子だし、子供時代に誰かと遊んだって話を聞いたことがない。ロイ君と遊びたいと言い出したのが意外だ。私はベンチに座ってヘンリーさんとロイ君が遊ぶのを眺めた。
ヘンリーさんは子供が欲しいのだろうか。私にはまったくその兆候がない。半獣人と一般人の間に子供ができにくいのは知っている。私はヘンリーさん以外の半獣人に出会ったことがない。
心が沈みそうになったから、子供のことはいったん考えるのをやめにした。
高魔力保有者のロイ君をどうするか。まずはグリド先生に相談しよう。
私はレオンさんとロイ君が帰ってから、グリド先生に伝文魔法を放った。
「高魔力保有者だと? 私が三十年以上もかけてたった一人しか見つけられなかったのに。マイは運がいいな」
「でも私、あの子に魔法を教えることができるかどうか、全然自信がないです」
「なんだ、そんなことか。私が教えるよ。体は老いたが、まだまだ魔法は使える」
助かった。店を維持しながら休みの日に高魔力保有者を捜していたが、最近はもう諦めつつあった。ところがいざ魔力持ちの子供が見つかってみれば戸惑っている。私はもっと大きい、小学生か中学生ぐらいの子供を想定していた。四歳児では体力を考慮しながら指導しければならない。幼い子供にどうやって魔法を教えればいいのかも見当がつかない。
それも正直にグリド先生に話した。
「確かにそうだな。私はシルヴェスターが十代前半の頃に出会った。だから日常生活の面倒を見る必要はなかったよ。四歳では、何をさせるのにも手がかかるだろう。マイは全部一人で抱えようとせず、私に預ければいい」
そこにサラさんの声が加わった。
「マイさん、私もその子のお世話をしますので。週に一度でも二度でも、こちらに預けてもらえたら嬉しいわ」
「まずはその子の父親の了解を得ることだな」
「はい、そうします」
そこでグリド先生がしみじみとした感じに話をしてくれた。
「マイ、高魔力保有者は国の宝だ。その子が魔法を愛せるよう、人のために魔力を使いたいと思えるよう、私が大切に導きたい。人生がそろそろ終盤に差し掛かったところで高魔力保有者の指導ができるなんて、幸せだ。神様に感謝したい気分だよ。マイ、この出会いを繋いでくれてありがとう」
「どういたしまして、グリド先生」
そう返事をして伝文魔法を終わりにした。でもね、「人生の終盤」なんて言わないでほしい。まだまだ長生きしてもらいたい。大切な人と永遠に別れるつらさを知っているから、私はお別れを想像するだけで泣いてしまいますよ、グリド先生。
ヘンリーさんが私を見ているから(泣くのはやめよう。縁起でもないわ)と唇を噛んで泣くのを堪えた。ヘンリーさんは私をそっと抱きしめてくれて、「大丈夫、大丈夫。マイさんのポーションがあれば、グリド先生もサラさんも長生きします」と慰めてくれた。
優しい夫で嬉しい。そう思うと同時に、ロイ君と一緒に遊んでいたヘンリーさんの様子を思い出した。きっと、自分の子供が欲しいんだろうなあ。
でも赤ちゃんは授かりもの。私の気持ちではどうにもならない。おばあちゃんに「三人は産む」みたいなことを言ったけれど、人生、思うようにはいかないことはあるさ。うん。そうだよ。
あの日に終わったはずの人生を、私は再びこうして生きている。文句は言うまい。そう思うのに、私の心は薄曇りだ。
それにつけても、ロイ君のお母さんはどんな気持ちで我が子を残して家を出たのか。理解も想像もできないよ。
翌日、レオンさんとロイ君が来るのをこども園で待った。挨拶をして、ロイ君の魔力のことを聞いてみた。レオンさんは寝耳に水という表情で、「まったく気づかなかった」と言う。私の師匠が週に一度か二度指導したいと言っていると告げると、「それは危なくないのでしょうか」と心配そうだ。
「危険はありません。グリド先生はこの国でも一、二を争う実力の持ち主です。お城の魔法部の元部長も、現在の部長も、グリド先生のお弟子さんと孫弟子さんです」
「では一度ご挨拶に伺って、お話を聞いてからお返事をする形でもいいでしょうか」
「もちろんです」
園の帰りにグリド先生のお屋敷に行くことになった。よし、繋ぎはオーケーだ。
すぐグリド先生に「夕方お邪魔します」と連絡したが、その日は料理をしながらも落ち着かなかった。
「マイさん? そわそわしてないですか?」
「あら、サンドル君に気づかれちゃうくらい浮足だってた?」
「サンドルだけじゃありませんよ。僕も気づいていました」
アルバート君にも指摘されて。ちょっと恥ずかしい。
「隠すべきことじゃないから伝えるけど、ロイ君は魔力持ちなの。それもかなりの高魔力持ち。だからグリド先生のご指導を受けさせたいんだけど、それについてこども園の帰りに先生とレオンさんが話し合うの」
「高魔力持ち? それってお城の魔法部に入れるくらいのってことですか?」
「まだ四歳だからそこまではわからないけど、可能性はあると思う」
サンドル君がハッシュドビーフを煮込みながら、「すっげえ」とつぶやいた。お城で働く魔法使いは、とんでもないレベルのエリートだものね。
サンドル君は鍋の前に立ちながら、顔だけ私を振り返ってこんなことを言う。
「俺がまだ一般人を嫌ってた頃なら、あんな小さい子にもケッ! と思っていたと思います。才能があるヤツはいいよなって。でも今は思わないです。俺にもちゃんと目標ができましたから」
「僕もだよ」
アルバート君は付け合わせ用のインゲンを茹でながら会話に加わった。
「僕はいつかお菓子の専門店を開く夢があるから、もう人を妬むことがなくなりました」
「私は私で、一生一人で生きていくのを覚悟でこの『隠れ家』を開いたの。それなのにまさかこんなに楽しい毎日がやってくるとは思わなかったわ」
「ヘンリーさんのおかげっすね」
「ヘンリーさんだけじゃないって。サンドル君とアルバート君のおかげでもあるって」
わたしがそう言うと、サンドル君は「へへっ。そっすか」と照れ臭そうに笑い、アルバート君はそんなサンドル君を軽く肘でつついて笑っている。
あとは夕方にはグリド先生のお屋敷に行くのみ。
ロイ君に輝かしい未来が開けますように。






