149 ep13 クロードのひとりごと ◆
チーズケーキを抱えて夜道を歩くクロードは黒髪、茶色の瞳、堂々たる体格、精悍な顔立ち。今まで結婚したいと思うことがなかったため、たいそう女性にモテるが独身で恋人もいない。
『隠れ家』を出た後、自分の部屋にまっすぐ向かう気になれず、休みの日によく行く酒場に向かった。
「マイさんが引き受けてくれてよかった。それに、今夜はまだあの人が帰っていなくてよかった」
クロードがマイを知った時、マイの隣にはもうヘンリーがいた。
ヘンリーが猫型獣人だと気づいたクロードは、(たしか『隠れ家』は獣人に偏見のない一般人が経営している店だと聞いたな)と知り合いからの情報を思い出した。
一見して恋人関係とわかる雰囲気と片方ずつのイヤーカフから(結婚まで意識している二人なのか)と察した。
マイは愛らしいし明るい。働き者で料理が上手い。誰にでも優しい。
(素敵な人だし獣人に偏見がないなんて、素晴らしい。でも猫型獣人の恋人がいるなら、俺の出番はないよな)と思っていた。
流行り病がきっかけでマイの店で働くようになり、猛烈に忙しい中でもマイの笑顔を見て声を聞くのが好きだった。防病法が解除になった時は、元のバーで働ける喜びとマイに会えなくなる寂しさの両方を感じたものだ。
酒場の隅の席に座って強い酒を頼み、飲んだ。少し酔いが回ってから店主に「頂き物のケーキを食べていいですか? 適当につまみも頼むから」と断りを入れると、「どうぞ」と言ってスプーンを渡してくれた。
ケーキをひと口、パクリと食べた。
「旨いなあ」
出会う順番が違っていたら、マイと二人でケーキを食べている自分がいたかもと思うが、そう思ったそばからヘンリーの顔が浮かぶ。
「あの人、俺がマイさんを好ましいと思っていることに気付いていた」
城勤めのヘンリーと顔を合わせることはあまりなかったが、顔を合わせると笑顔で挨拶してくれたものの、ヘンリーがクロードを見る目は笑ってなかったように思う。
「いや、間違いなく笑ってなかったな。でも、俺が彼の立場でもそうしていただろう」
ひとりごとを言いながら強い酒とケーキを交互に口に運んでいると、店主が話しかけてきた。
「これ、どこのケーキ?」
「これは『隠れ家』の……」
「やっぱり! その品のいい飾りつけが『隠れ家』っぽいなと思ったのよ」
店主のロミがそう言って微笑んだ。
「いいお店よね。私も大好きだけど、子供が多いからなかなか行けないのよ。お客さんも『隠れ家』の常連なの?」
「いや、俺はあまり」
「そう。あそこはとにかく旦那さんがマイさんにベタ惚れよね。もう結婚したんだから誰もとらないでしょうに、マイさんのことが心配で仕方ないって感じ」
「結婚……したんですか」
「ええ、わりと最近に。3月かな。お貴族様の結婚式だから華やかだったらしいわ。ヘンリーさんは子爵家の一人息子で、宰相様付きの文官様なのよ。すごいわよねえ。いずれ宰相様になるんじゃないかって、もっぱらの噂よ」
「へえ、そりゃすごい」
ロミが去って、クロードは無言でケーキを食べた。
「そりゃ俺の出番はないよ」
ヘンリーが「出会う順番が違っていたら、俺じゃなくてクロードさんと付き合っていたのかなって思うじゃないですか」としょんぼりしていた頃、クロードはクロードで「そうか、結婚しちゃったか」と二個目のチーズケーキを食べていた。
三十歳のクロードは、「何人家族ですか?」と聞かれて(俺は独身だと思われてなかったのか。所帯持ちに見えていたのかな)と驚いた。自分は恋愛対象として見られていないことがその言葉から伝わってきて、ケーキを食べているのにほろ苦い気持ちになった。






