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142 竜巻の被害と修復

 周囲の眩しさが消えると、そこは辺境伯家の門の前だった。狙った場所にちゃんと着いた。

 門は開放されていて、怪我をした人たちが手当てを受けている。大けがをしている人は見当たらない。


 リーズリーさんが「なっ? はっ? ここは間違いなく辺境伯領なのか?」と驚いている。その間にもヘンリーさんは時間を無駄にせず、私たちを見て驚いている門番さんのところへ行って話をしている。

 私がリーズリーさんの相手をした。


「リーズリーさん、ここは辺境伯領で間違いありません。私はここに半年間滞在していましたので」

「そうか。いや、驚いたな。王都に戻ったらぜひもう一度この瞬間移動を経験させてほしい」

「ヘンリーさんに確認してみますね」


 私はかまわないけど、ヘンリーさんが嫌がりそうな予感がする。

 すぐにヘンリーさんが戻ってきて、私たちはお屋敷の中に通された。待たされることなく辺境伯との顔合わせになり、誰がどこからどう回るかという話し合いになった。


 テーブルの上に領地の地図が広げられ、赤いインクで竜巻の通ったコースが書き込まれている。

 竜巻は広大な森の西向こうの平原で生まれ、森を通り抜けてから大通りを進んで突然消えたらしい。よりによってメインストリートを通り抜けたのなら、住宅の被害が大きそうだ。


「私は壊れた住宅を直したいです。この大通りに行かせてください」

「直す? 店主殿は魔法で家を直せるんですか?」

「はい」


 リーズリーさんが怪訝そうな顔をしている。たしかグリド先生がこの人は変換魔法を使えないと言っていたような。もっとも、私は私以外に変換魔法を使える人をグリド先生しか知らない。


「辺境伯様、家にあったポーションを全部持ってきましたが、足りないようでしたらこちらで作ります。薬草さえあればすぐに作れますが、どういたしましょうか」

「ぜひお願いしたい。薬草を保管している部屋へ案内します。ザックス、お前はマイさんが滞在する間、しっかりと付き添って護衛を務めなさい」

「はい、父上」


 リーズリーさんが「私も五十人分のポーションを持ってきました」と言ったけど、辺境伯様は「怪我人が多い。念のために作っていただきたい」と言う。

 時間がもったいないのでリーズリーさんが先に現場へと出発した。ヘンリーさんは辺境伯家のご長男と国の援助について話し合いをしているから、「ヘンリーさん、私はポーションを作ってきます」と声をかけて部屋を出た。


 ヘンリーさんは何か言いたそうな顔をしたものの、片手を軽く上げて見送ってくれた。私は辺境伯様に案内されて、薬草を集めて置いてあるという保管室に向かった。案内された半地下の保管室はヒンヤリとしていた。五月の今、保管されていたのは全部生の薬草だった。これはいい。効きそうだ。


「これだけあれば結構な量が作れます。ポーション用の容器はどうしましょうか」

「壺があるが、それでいいかね?」

「はい。あるだけ持ってきてください。お願いします」


 高さ五十センチくらいのふっくらした形の陶器の壺が五個運び込まれた。大きな壺を五個も煮沸するのは時間がかかるから、私は水魔法と火魔法を併用して熱湯を壺に満たした。半地下の部屋にモワッと湿気と熱がこもる。


 革の手袋と木桶もお借りしたいとお願いして、それらが運ばれるまでの時間を熱湯消毒に使う。革手袋をはめてから壺を傾けて熱湯を桶に捨て、床に並べた壺に水魔法で水を満たして準備完了。

 体内で魔力を練った私が「セイッ!」と瓦割りの動作をすると、ザックス様と辺境伯様が一瞬ピクリと動いた。


 茶色の益子焼きみたいな壺の中には、なみなみと緑色のポーションが出来上がっている。一度の魔力注入で五個の壺全部の水がポーションになり、その代わりに大量の生の薬草が乾燥した微粉末になった。それに気づいたザックス様が無言のまま驚いている。


「辺境伯様、怪我人と病人には、これをコップに半分ぐらいずつ飲ませてください」

「あ、ああ。わかった。これがポーションなんだね?」

「はい。間違いなくポーションです。では、私は現場に行って参ります!」


 辺境伯様のお顔が釈然としないのは、薬草を煮なかったからかな? ま、いいや。効果は使ってもらえればわかることよ。

 ザックス様と一緒にお屋敷を出て通りを進むと、途中から道にたくさんの瓦礫と倒木が散乱していた。巨人が手当たり次第に街を壊しながら歩いた跡みたいだ。


「大変な被害ですね……」

「竜巻が近づいてくるのに気がついて襲われるまで、本当にあっという間でした。領民たちはみんな、吹き飛ばされないように家に逃げ込んだのですが、その家が倒壊したり屋根が吹き飛ばされたりで……。怪我人が大勢出ました。今のところ、幸いにも命を落とした者はいないようです」

「怪我人にはさっき作ったポーションを飲ませてください。回復の早さが違います」

「マイ先生、なんとお礼を言ったらいいのか……」

「困ったときはお互い様ですよ。私も以前、その精神に助けられました」

「マイ先生……」


 ザックス様は目を赤くしている。純粋な人なんだねぇ。

 ザックス様は魔法で倒木を転がして道の脇へと移動させている。これで馬車が通りやすくなる。私は瓦礫をどかそう。

 倒れた家の中に声をかけ、誰もいないのを確認してから変換魔法を放った。ぐしゃりと崩れた家は、動画を逆再生するように瓦礫が動いて家が元に戻っていく。


「先生! なんですかその魔法は!」

「変換魔法です。使える人と使えない人がいるらしいです。詳しいことは後で。まずは領民の皆さんが雨露に濡れないようにしなきゃ。家の中は散らかったままですが、とりあえず安心して眠れる場所を作りますね。さあ、ザックス様はどんどん倒木をどかしてください。私は家を直します」

「はい、マイ先生」


 私たちの周囲に人が集まってきた。大変に重い針葉樹の倒木を動かしているザックス様はすごい仕事をしているんだけど、家を修復している私の方が派手だから注目されている。まずいかな? と思わなくもないけど、私は私ができることをやるのみだ。


 変換魔法を連続して放ち、家々を元通りにしながら歩いた。人々は茫然として力なく片付けをしている人もいれば、放心して道端に座り込んでいる人もいる。

 そんな人たちが、瓦礫が空中を飛んで家が元通りに修復されていく様子を口を開けて眺めている。

 びっくりするよね。私だって映画の特殊撮影みたいと思うもの。

 家々を修復しながらゆっくり進む。通りの奥でリーズリーさんが壊れた大きな共同井戸を修復しているのが見えた。

 やがて、商店街の外れまで来た。ここで引き返そう。三時間ぐらいぶっ通しで魔法を使い続けた。おなか空いた。


「ふうぅ。この家で終わりかな」

「先生……本当にすごかったです。魔力切れの心配はありませんか?」

「今のところ大丈夫です。ザックス様のお屋敷は無事でよかったですね」

「うちは竜巻の通り道から、わずかに離れていたので」


 今来た道を歩いて戻っていると、私とザックス様に気づいた人々が両手を胸でクロスして、こちらに向かって頭を下げている。ザックス様に祈っているの? と思ったけど違った。


「聖女様! ありがとうございます!」

「聖女様! ご恩は一生忘れません!」


 私か! 聖女様って私のことか! ひえっ。やめてよ! 

 慌てて頭を下げている年配の女性に近寄り、「私は聖女ではありません」と訂正しようとしたら、女性は私が近寄ると道端で膝をついて祈り始める始末。なんてこったい!

 

「聖女様、このたびは本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません」

「私はただの魔法使いです。実は私、行き倒れたことがあるのですが、たまたま私を見つけてくれたご夫婦に助けられました。だから今度は私が皆さんを助けただけです」


 必死に説明したら女性が「聖女様ではないのですか……」と落ち着いてくれた。やれやれと思っていたら……「聖女様ぁ!」と十歳くらいの少女が声を張り上げて走ってきた。また聖女呼びか! 

 少女は私の前まで来ると、ハンカチをくれた。羽を広げて飛んでいる緑色の鳥の刺繍が施されていた。


「お母さんがね、これしかないけどお礼に受け取ってくださいって。おうちを直してくれてありがとうございますって」

「ありがとう。ありがたくいただきます。ただ、申し訳ないけど私は聖女じゃないの」

「違うんですか?」

「違うんです。私は魔法使いです。あなたのお母さんはどこにいらっしゃるの?」

「今は神殿です。さっき運んでもらいました。竜巻で家が壊れて、お母さんの脚の骨が折れちゃって……。でも大丈夫だって、死なないって神官様が言ってくれました」


 私は少女の手を取った。


「神殿に案内してくれる? 私、よく効くポーションを持っているわ」

「先生、僕も同行します」

「お願いします。さあ、急ぎましょう。ポーションは早ければ早いほど効くんですから」


 少女と私とザックス様は神殿へと向かった。


 

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― 新着の感想 ―
反応や会話を見るに、竜巻がザックス君のやらかしでは無さそうなので安心しました
竜巻も怖いがダウンバーストだと上からのちからで建物が圧壊するので別の意味で怖い……マイさんが居れば大丈夫?
フルスロットルのマイさん素敵! なんか、こうスカッとしますね。 後のことは、まあ、ご主人にお任せしまょう
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