141 王城でポーションを作る
ヘンリーさんと二人でお城に向かい、門番さんに「おはようございます! ハウラー様、奥様」と言われた。照れているのは私だけ。ヘンリーさんはスンとしている。
私はいまだに奥さんと呼ばれることはほとんどない。知り合いからは「マイさん」と呼ばれ続けているし、知らない人からは「お嬢さん」と言われている。
私が童顔だからというだけではない。この国には結婚指輪の風習がないし、片方だけのピアスは「相手がいますよ」っていうアピールだけだから、未婚か既婚かがパッと見でわからない。
城内に入ると、陛下の侍従さんが待っていた。
「おはようございます、ローマン・エリントン様」
「おはようございます、ハウラー夫人。名前を憶えていてくださって光栄です」
ヘンリーさんも「おっ、覚えていたんですね?」という顔で私を見る。客商売してる人間の習性で、名前を覚えるのは得意だ。私は銀色の髪に青い瞳のこの方を、ひそかに「ローマのエリートさん」と覚えている。
ローマンさんは少しだけ早足で私たちを案内してくれた。着いたのは一階の荷物置き場みたいな部屋で、大きなかごに山盛りの薬草を入れて並べてあり、ワイン樽は十個置いてあった。
「樽の内側はハウラー文官に指示されたとおり、蒸留酒で清め乾燥させてあります。さっそくですが、お願いします」
「かしこまりました」
部屋には私たち三人しかいない。水魔法で樽に水を注いだ。それから全力で魔力を練り、おへその指三本下を意識して魔力を溜めた。足を肩幅に開いて、瓦割りの要領で一気に魔力を手に集めて放出した。
「セイッ!」
薬草が砕けて粉末になるカサカサという小さな音。樽の中でチャプンと音を立てるポーション。次々と場所を移動して、「セイッ!」と声を出しながら樽十個分のポーションを作った。
「できました」
私がそう声をかけても、ローマンさんが真顔で固まっている。
「ローマンさん? ポーションができました」
「あ、ああ、失礼しました。ハウラー文官から薬草を煮る道具は必要ないと言われていたのですが、まさかこんな一瞬で十樽分のポーションが出来上がるとは。大変に貴重な場面を見たものだと……驚愕しております」
ヘンリーさんがクスッと笑ってローマンさんに同意した。
「わかります。自分の常識を覆された感じでしょう?」
「ええ……」
ヘンリーさんが嬉しそうだ。
ローマンさんは私たちが入ったのとは違うドアを開けて、ドアの向こうに「運んでくれ」と告げると、屈強な男性が四人入ってきて樽を転がしながら運び出した。
ヘンリーさんがさりげなく私の前に立って、彼らの視線から私を隠した。今も私が注目されるのは心配なんだろう。だからローマンさんと別れてから、ヘンリーさんの腕にそっと手をかけた。
「ヘンリーさん、ありがとうございます」
「ん? なにがですか?」
「私が注目されないように隠してくれて」
そう言うとヘンリーさんが明らかに動揺した。
「いや、俺はマイさんが身元を隠さないことに反対というわけではなくて」
「思わず隠したんでしょう? わかっています。ありがとう」
「うん……」
二人で歩いていたら、「店主殿! 店主殿!」と、大きな声をかけられた。
私をそんな呼び方をするのは誰かと思ったら、ジュゼル・リーズリーさんだった。ヘンリーさんが「チッ」と舌打ちをした。常日頃とても上品なヘンリーさんが舌打ち? と思わず顔を見上げた。ヘンリーさんの表情が険しい。
「彼はマイさんに厄介な事しか言わないから、関わりたくないんです」
「大丈夫、私はあの人の勢いに負けませんよ」
「そうしてください」
ジュゼルさんが大股で近寄ってきた。
「お久しぶりですね、店主殿」
「マイ・ハウラーでございます。お久しぶりです、リーズリーさん。何かご用でしたか?」
「今から辺境伯領に私と同行しませんか? つい先ほど、辺境伯領で竜巻による大規模な災害が発生しました」
「つい先ほど?」
「魔導具を使って魔法使いが報告に来たのです。辺境伯家のザックス様とお抱え魔法使いが対応しているのですが、全く手が足りないそうで。あなたの力を貸していただきたい。間の悪いことに、魔法部の部員はあらかた別の用事で出払っているんです。今、あなたの店まで行こうとしていたところです」
「竜巻で大規模な災害……。わかりました。参ります」
「マイさん? ちょっと待って」
背伸びをして、ギョッとしているヘンリーさんの耳に顔を近づけた。
「あの魔法陣の紙を使うのは今です。心配ならヘンリーさんも行きましょう。日帰りできると思いますよ」
「ううううん……。わかりました。俺は宰相を説得してきますから、マイさんは店で待っていてください。それで、リーズリーさん」
「なにかな?」
「リーズリーさんも準備をして『隠れ家』に来てください。あの魔導具は不要です」
「魔導具は不要? それはどういう意味かね」
「宰相の部屋に行きがてら説明します」
ヘンリーさんがリーズリーさんの腕をガシッとつかみ、引っ張るようにして去っていく。二人を眺めていたら、何度かリーズリーさんが私の方を振り返ろうとするのだけど、その都度ヘンリーさんがグイッと腕を引っ張る。なんか、強引だねえ。
店に戻り、サンドル君とアルバート君に夜まで遠くに出かけることを報告した。
「たびたび留守にして申し訳ないんだけど、どうしても行かなきゃならないの」
「店は心配しないでください。俺らでやっとくんで」
「ありがとう、サンドル君」
道を渡ったところでキアーラさんが私に気づいて近寄ってきた。彼女に事情を話し、夜まで戻らないことを伝えた。
「ケヴィン君もいますから、こども園は心配いりません。安心して出発してください」
「ありがとう、キアーラさん。いつも助かります」
庭からはソフィアちゃんとリリちゃんの楽しそうな声が聞こえる。顔を見たいけど、急がなくては。
念のため私とヘンリーさんの着替えと、あるだけのポーションを木製カートに詰め込んだ。階下からアルバート君が「マイさーん! ちょっと」と声をかけてきた。階段を下りると、「マイさんこれ」と包みを渡してくれた。受け取ると温かい。
「日替わり用の豚の角煮とごはんです」
「わっ、おにぎり! たくさんある!」
「前に、マイさんが自分で握って『美味しい美味しい』って嬉しそうに食べていたでしょ。真似して握りました」
思わずアルバート君に抱きついて「誰かにおにぎりを握ってもらえるなんて思わなかった! ありがとう! すっごく嬉しい!」と言ったら、アルバート君にグイッと押し戻された。同時に「んんっ!」という咳払いが。
振り返ったらドアのところにヘンリーさんとリーズリーさんが立っていた。
アルバート君が小さな声で「勘弁してくださいよ。僕、大猫に引き裂かれたくないですから!」とささやく。アルバート君のことはヘンリーさんも可愛がっているんだから、そんなことするわけないでしょうよ。なによりアルバート君にやきもちなんて焼かないって。
「早かったですね。さ、二階へどうぞ」
私が仕切り、三人で二階の居間に入って戸棚から魔法陣のコピーを二枚取り出した。一枚はスカートのポケットに入れ、もう一枚を床に広げた。木製カートを魔法陣の中に置いて私がその脇に立つと、リーズリーさんはすぐにどういうことかわかったらしい。
「これが瞬間移動できる魔法陣ですか。ハウラー文官から聞いたときはまさかと思ったが」
「詳しいことは後で。さあ、この中に立って。荷物もここへ置いてください。すぐに魔力を注ぎます」
二人が魔法陣の中に入ったのを確認して、私は右手を足元に向けて魔力を放出した。魔法陣が眩しく白く光る。光が最高に眩しくなって魔力がそれ以上注げなくなったところで変換魔法を発動した。






