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王都の行き止まりカフェ『隠れ家』~うっかり魔法使いになった私の店に筆頭文官様がくつろぎに来ます~【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨
その後の隠れ家

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140/150

140 ケヴィン君

※)今回登場する若者は、80話「ケヴィンとマリアン」のケヴィン君です。


 朝の九時にリリちゃんの家を訪問した。お父さんのエドさんに自分で描いた絵を見せて、「大きさは両手のひらに載るくらいです」と伝えると困惑された。

 

「そうなると、中の家具や動物はとても小さくなりますね」

「はい。動かして遊ぶ場合は、ピンセットを使うくらいの小ささです」

「なるほど。その家の中は本物らしくするんですか?」

「はい。壁紙や家具、食器を、どこまでも本物らしくしてほしいです。制作に時間がかかるでしょうから、お値段はエドさんが決めた値段で買い取ります」


 望んだとおりのクオリティなら、高価でも買いたい。今なら買える。

 

「わかりました。私に期待してくださっているのですね。全力で取り組みますので」

「あの、生意気を承知で言わせてください。楽しみながら作ってくださればありがたいです。頂いたお花のネックレスからは、エドさんの楽しい気持ちが伝わってきました。小さな動物の家も、そうであってほしいんです」


 「承知しました」と言ってくれたエドさんの家を出て、見えないところまで歩いてから頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 私、年上の人にすごく生意気だったんじゃない? 

 職人さんにわかったような口をきく偉そうな小娘だったんじゃない?

 でも、ああ言わなかったらエドさんは、「娘がお世話になっている人だから」って必死にミニチュアハウスを作りそうな気がしたんだもの。

 とは言え、慣れないことをすると自分の言葉にダメージ受けるわ。


「あああ、ううう……」


 頭を押さえて呻きながらヨロヨロ歩いていたら、「あれ? 『隠れ家』の店主さん?」と声をかけられた。

 両手で頭を抱えたまま振り返ったら、常連のお客さんだ。週に一度か二週に一度、可愛い彼女とランチを食べに来てくれる若者。感知魔法を使う私は知っているけど、二人は犬型獣人と一般人のカップルだ。

 慌てて姿勢を正したけれどもう遅い。背中を丸めて頭ボサボサで呻きながら歩いているのを見られた。


「僕はケヴィンといいます」

「こんにちはケヴィンさん。私のことはどうぞマイと呼んでください。いいお天気ですね」


 取り繕った笑顔で挨拶をして、素早く髪も撫でつけた。


「いつも美味しいランチをごちそうさまです。そうだ、こども園のことをソフィアから聞きました。すごく楽しいって、何度も話してくれましたよ」

「あら、ソフィアちゃんをご存じでしたか」

「ええ、家が近所で。ソフィアのことは、生まれたときから知っています」


 ソフィアちゃんのご近所さんだったのね。犬型獣人同士は近くに住むものなのかな。


「あの……こども園の先生が一人だけと聞きました。厚かましいことを言うようですが、もし預かる子供が増えて手が足りなくなったら、僕のことを思い出してください。子供が大好きなので、こども園で働けたら最高だなと思っています」

「今はどこで働いていらっしゃるんですか?」

「書店で働いています。でも最近は売り上げが落ちているので、もうすぐ解雇される予定です」


 思わずケヴィン君の手を取った。


「今すでに、先生をもう一人必要としています。条件なども説明したいので、店が終わってからの時間でよければうちに来てください」

「ほんとですか? 今夜お店に行ってもいいですか?」

「もちろんいいですよ。では今夜、『隠れ家』でお待ちしています」

「必ず伺います」


 その日の夜、閉店時刻にケヴィン君が来てくれた。面接を受けるためによそ行きらしい服装をしていて、髪をきちんと撫でつけているのは好感度が高い。サンドル君たちには仕事を終えて帰ってもらって、キアーラさんと二人で仕事の説明をした。ケヴィン君は仕事の内容を聞いて少し拍子抜けしたような表情だ。


「遊び相手をするだけでいいのでしょうか」

「今後は文字の読み書き計算、お絵かき、歌の練習、季節の行事も取り入れたいです」

「僕は書店で働ける程度の読み書きは身につけていますので、子供たちに教えられます。年の離れた弟がいるので、子供の扱いに慣れています」

「採用」

「マイさん? もう少しお話をしてから決めましょう?」


 思わず親指を立てて「採用」と言ったら、キアーラさんにたしなめられた。

 明日からお試しで一週間働いてもらって、その上で本人が希望するなら採用したい。お客として店で食事をしている時も、ケヴィン君はいつも穏やかで礼儀正しい男の子だった。私は採用したいと思っている。

 帰宅したヘンリーさんにケヴィン君のことを説明したら「マイさんが気に入ったのなら、採用したらいいですよ」と言ってくれた。


「ただ、こども園の先生が亀型獣人と犬型獣人で、通っている子が犬型と猫型ですね。一般人の子供が通うことになった場合に、それで何か問題が起きないといいのですが」

「そう言われたら全員が獣人ですけど、子供は変身しないし大人は変身を制御できるから、ソフィアちゃんに気をつけてさえいれば問題はない……かなと思います」


 ヘンリーさんは笑いをたたえた視線を私に向けて「そういうザックリしているところが、マイさんのいいところですよね」と言う。

 出た、ザックリ。おばあちゃんとヘンリーさんは私のことをザックリザックリと言うけど、おおらかと言ってほしい。細かいことにキリキリしている性格よりはいいと思うのよ。


 ケヴィン君は書店をお休みすると言っていた。有給はなくて、お給料は日割り計算で退職金は出ないのだそうだ。「退職金てなんですか」と聞かれたから、アルバイトみたいな雇用形態だったらしい。うちで支払う予定のお給料は、書店のお給料よりずっと多いと喜んでいた。

 

 

 昨日面接して今日からケヴィン君が先生として通っている。

 これがまあ、適材適所とはこういうことかと思わされる人柄の良さと面倒見の良さ。あのリリちゃんがケヴィン君におんぶされて嬉しそうに笑っている。ソフィアちゃんは犬型同士な上にご近所の顔見知りなのもあって、ケヴィン君に抱きついて腿を甘噛みして叱られるほどの甘えようだ。

 

 (ソフィアちゃんて甘噛みするんだ? 私、ワンコソフィアちゃんの時に甘噛みされてみたい)などと不謹慎なことを思ったが、ケヴィン君は「やめなさい。誰のことも噛んではいけないよ」と真顔でピシリと叱っていた。

 店に戻り、「いい人に入ってもらえたわ」とつぶやくと、サンドル君が「彼、犬型ですよね? 挨拶されたときにわかりました」と言う。


「わかるの? すごいね」

「なんとなくわかるんです。彼も僕らのことを猿型だとわかったはずですよ。ただ、犬型でもどんな犬になるかまではわかりません。猿型なら、変身したらどうなるかまで見当がつくんですけどね。それにしても、マイさんはやっぱり引き寄せるなあ」


 サンドル君はそう言って笑いながらニンジンを刻んでいる。私の周囲の獣人率が高いと言っているのだ。獣人率が高いのは、たまたまなんだけどね。

 アルバート君が「マイさん、提案なんですけど」と話しかけてきた。


「こども園の給食、日替わりの料理を使いませんか? マイさんがかかりきりになるより、そっちの方がいいと思うんです。子供用には味の濃さを控えて量を減らせばいいんじゃないですかね」

「そうね。減らせる手間は減らして、そのぶん美味しく作ればいいわよね。アルバート君、ありがとう。大人になったねぇ」

「うちのばあちゃんと同じこと言わないでくださいよ」


 アルバート君に苦笑されてしまった。

 楽しくすごして一日が終わり、ヘンリーさんが帰宅した。


「神殿がポーションを配る話がまとまりました。急で悪いんですが、明日朝に王城まで来てもらえますか? 朝のうちに王城でポーションを作ってもらって、すぐに遠くの地区に発送したいんです。薬草はもう集めてあります」

「明日朝ですね。大丈夫です。お任せください」

「よろしくお願いします。明日は二人で一緒に王城へ行きましょうね」


 ヘンリーさんが嬉しそうだ。


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