136 ハンモックと荷車
135話を抜かしてこの回を投稿したので、よかったら135話から読んでほしいです。ごめんなさい。
ソフィアちゃんが好き嫌いなく全部食べている。これはいつものこと。
「フィーちゃん、たまごの赤いごはん好き! 全部好き!」
「ソフィアちゃんの好物だものね」
「うん! 肉団子も好き!」
「ありがとう。嬉しいわ」
するとリリちゃんがソフィアちゃんに対抗するように声を出した。
「リリちゃんは、このスープ、好き。お母さんのスープと同じ」
「あら、そうなの? それも嬉しいな。お代わりしたかったら言ってね」
ソフィアちゃんは口いっぱいにハンバーグを頬張りながらうなずき、リリちゃんはスープを飲みながらうなずいてくれた。カリーンさんも子供たちと同じものを食べていたが、部屋を見回しながら話しかけてくれた。
「何もかも行き届いて、安全で、清潔で、美味しい食事も出る。こんな施設があったら、預ける先がない母親は安心しますね。リリちゃんのお母さんに声をかけてみます。いずれは働きに出るにしても、もう少しは養生が必要でしょうし。私もソフィアがこちらでお世話になれたら、安心して働けます」
リリちゃんのお母さんに話を持っていくにしても、今お世話になっているカリーンさんからでは断りにくいだろう。私が話をしてみようと思う。カリーンさんも同意してくれて、「今日はそろそろ帰りますね」と言ってから子供たちを見て苦笑した。
ソフィアちゃんとリリちゃんが、二人そろって目をとろんとさせている。
「よかったらお昼寝もさせていいですか? お昼寝できるように、ハンモックを用意してあるんです」
壁を取っ払ってむき出しになっている太い柱と向かいの壁の上部に、吊り金具を固定してある。S字フックでハンモックを引っかけたら寝床の出来上がりだ。
子供たちが寝返りを打っても落ちないよう、ハンモックの寝床部分は左右から包み込むような形に作った。もちろん変換魔法で。落ちても怪我のないよう、ハンモックは床に近い高さだ。
私がハンモックを吊るしていると、興味津々で見ていたソフィアちゃんがはしゃいだ声を出した。
「フィーちゃん、乗りたい! 乗っていいの?」
「いいわよ。ユラユラ揺れて気持ちがいいわよ」
リリちゃんはどうするかな? と顔を覗き込んだら「リリちゃんも乗りたい」と小さな声。
私は「乗り方を教えるわね」と実演してみせた。まずは布の真ん中にお尻を下ろして上半身を仰向けに。それから足を持ち上げてハンモックに入れる。私が「やってみて」と言う前に二人は落ちることもなくハンモックに乗り、揺れる寝床を楽しんでいる。
笑ってしまうほど短い時間で、二人のまぶたがくっついた。
カリーンさんに「カリーンさんは家事があるでしょうからお帰りになっても大丈夫ですよ。帰りは荷車に乗せて私が送って行きますから」と言ったけれど、「いえ、最後まで見守ります」と言う。
キアーラさんはさっそく床やテーブルを拭き掃除している。彼女は今日、ずっと楽しそうだった。
カリーンさんも掃除を手伝ってくれて、子供用の小さな便器を見て「こんな可愛いトイレ、初めて見ました!」と感動していた。ちなみに手洗い場も低く作ってある。
一時間ほど昼寝をして、二人は私が作った荷車に乗ってカリーンさんに引かれて帰った。
荷車も楽しいらしく、ソフィアちゃんは「ばあば、もっとはやく!」と容赦のない注文を出している。リリちゃんは笑いながら乗っていた。楽しそうでなにより。
今日の昼はヘンリーさんが食事に帰ってきたのに全然しゃべっていない。
サンドル君によると「マイさんが楽しんでいるなら、僕が来たことを知らせなくていいよ」と機嫌よく食べてお城に戻ったらしい。
夜になってヘンリーさんと二人で食事を食べながら今日の子供たちのことを報告した。
「お城の文官さんに、女性はいないんでしたっけ? 働くお母さんがいたら、ハウラーこども園をお勧めしたいけど」
「採用試験の条件に性別は書かれていませんが、応募する女性がいないんです。女性で読み書き計算ができる人は貴族が多いし、貴族の女性は文官になるより結婚して子を生むことが求められるからね」
最初の女性文官になるのも勇気が必要だろうしね。
こちらの世界では、女性がその手の仕事に進出するのはまだまだ先なんだろうなぁ。
私が見聞きする限り、男性も女性も「女性には学問は必要ない」という意識が主流だ。あちらの世界も、ほんの百年前くらい前まではそうだった。
私は別の世界から来た私が社会を変えようとするより、この世界の人々が自主的に「女性にも学問を」と思う過程があったほうがいいと思っている。女性たちが知識や教養を身につけたら、いつか文官になろうと思う女性も現れるだろう。
「そうだ、マイさんが逆恨みされないでポーションを役立てる方法なんですが、陛下と宰相と俺で話し合うことになりました。マイさんも参加してほしいのですが」
「私はいいです。私の価値観はたぶんこの世界の人とはだいぶ違うから、この世界の仕組みをよくわかっていらっしゃる皆さんにお任せします。私は有り余っている魔力をポーション作りに回せればそれでいいの」
「そうですか……。わかりました。俺は、陛下の名前で国が神殿にポーションを分け与える形を提案しようと思っています」
以前、サンドル君とアルバート君が言っていた「病気になったら神殿でお札を貰って飲む」慣習を利用するらしい。王都の民がみんな知っている方法を利用し、今後はお札の代わりにポーションを渡すことにしたいと。
なぜにそこへ陛下が加わるのかと思ったら、「ポーションを神殿の手柄にしないためです」という返事だった。
なるほどね。
それと、病は気からと言うけれど、(いくらなんでもお札を飲むのはないわ)と思っていたので、私は賛成だ。ただ……。
「ポーションが手軽に利用できるようになったら、医薬品の開発にお金も人も使われなくなるんじゃないかと、それが心配です」
するとヘンリーさんが小さく二度うなずいた。
「それは俺も考えました。例えばですが街道整備や水道の敷設にマイさんの力を使ったら、その方面の技術開発が遅れるでしょう。だからマイさんに頼らない。ただ、こうも思っています。この世界とあちらの世界は文化の進み具合は違っていても、基本はとてもよく似ています。けれど、決定的に違うのは魔法の有無です」
「うん」
「道路や水道の整備は、魔力なしの人間が地道に技術を開発していけばいい。だけど人の命はそれとは違う。待ったなしだ。ポーションで救える命なら救うべきです。魔法がある世界だからこそ、そこはためらうべきじゃない。失われていい命なんてない」
「でも私には寿命があるでしょ? 将来、私がいなくなったら?」
ヘンリーさんがフッと微笑んだ。
「マイさんのポーションで救われる命の中に、将来の優秀な薬学者や医者、またはその親がいるかもしれません。救われた命は親から子へと受け継がれ、ポーションの影響は世代を超えて伝わり、広がります。マイさんと俺が老いてこの世から旅立っても、ポーションが救った命は受け継がれて可能性を生み続けるんですよ」
「そっか……そう思えばいいのね。ヘンリーさん、いつも私の不安を消してくれてありがとう」
ヘンリーさんのほっぺにチュッとキスをした。
「どういたしまして」
ヘンリーさんが美しいお顔で微笑んだ。
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※)画像はハンモックのイメージです。マイさんの新居はもっと洋風で四角くて白い部屋です。
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