135 お子様ランチ
この回を飛ばして136話を先に投稿していました。ごめんなさい。
話を聞き終えたカリーンさんは、納得してくれたらしい。
「そんな場所があったらありがたいです。私も気兼ねなく働けます。リリちゃんの家は無償になるんですよね?」
「そうですね。できれば夫婦共に働いていたり、親が病気だったりする家の子を預かりたいんです」
「マイさん……。いい人だと思っていたけど、本当にいい人ね」
そういうわけじゃないんです。私自身が保育園育ちで、ああいう施設は絶対に必要だと思ったんです。でもそれは言えないから。
私に抱きついていたソフィアちゃんがクイッと私のスカートを引っ張った。
「なあに?」
「フィーちゃん、行きたいよ。どどもえん、行きたい!」
「こどもえん、だよ」
「ど・ど・も・え・ん?」
するとリリちゃんが物置の陰から「こ・ど・も・え・ん」と訂正して、ソフィアちゃんがムッとしたお顔で「フィーちゃん、言ったもん。ど・ど・も・え・ん!」と言い返す。もう、なんて可愛いの。
「じゃあ、今から私と一緒に行く? 私はお店の仕事があるからキアーラさんが見守ってくれるけど、それでいい?」
「いいよ!」
「リリちゃんも行くでしょ?」
リリちゃんはチラリとカリーンさんを見て何も言わない。カリーンさんが優しく声をかけた。
「リリちゃん、おばちゃんと手をつないでいこうか? おばちゃんもこども園を見てみたいわ」
リリちゃんが無言無表情でうなずいた。カリーンさんがひとっ走りしてリリちゃんのお母さんに了解を得てから戻り、私たちは四人でこども園を目指した。
こども園に着くと、意外なことにリリちゃんが大興奮。滑り台をエンドレスリピートしている。気に入ったんだねえ。
ソフィアちゃんは滑り台、ブランコ、平均台、小さいジャングルジムと、次々に遊具を制覇している。ソフィアちゃんは夢中で遊んでいたがフッと我に返ったらしく、私を見て叫んだ。
「なにこれえ! フィーちゃん楽しいよ! なにこれえ!」
「よかったよかった。じゃあ私はお店に戻るから、キアーラさんを呼んでくるわね。カリーンさんはどうしますか?」
「私はここにいます。帰りは私が二人を連れて帰りますので」
「お昼を食べていってくださいね。こんな食事がお昼に出ますって知ってほしいので」
「何から何まで、お世話になります。遠慮なくお言葉に甘えさせてください」
キアーラさんが私と交代でいそいそとこども園に向かった。キアーラさんがあんなに嬉しそうな顔をするのは珍しい。よほど子供と関わるのが楽しみなのねえ。
あの子たちのお昼は私が作ろう。何がいいかな。子供の好きそうなメニューがいいよね。
そう考えたら楽しくなっちゃって、アルバート君に「マイさん、どうしたんですか? ずっと一人で笑ってますけど」と引かれてしまった。
「子供用のメニューを考えていたら顔が緩んじゃって……」
「子供用なら、肉団子がいいんじゃないですか?」
「いや、俺は卵包みごはんがいいと思う」
サンドル君が話に参加して、三人で手を動かしながらメニューを決めた。
オムライス、平たい肉団子という名のハンバーグ、甘口トマトソースの麵つまりナポリタン、野菜スープ。
(なによ、結局お子様ランチじゃないの)と思ったらニヤニヤがまた止まらなくなった。
「うわ、またマイさんが一人で笑っている」
「働きすぎじゃないですか? 大丈夫ですか?」
「なんでよ、大丈夫だってば。子供用のメニューを考えるのが楽しいだけよ」
アルバート君とサンドル君に心配されるほどニヤついてしまったわ。
『隠れ家』は子連れのお客さんがほとんどいなかったから、子供向けメニューを考えたことがなかった。しかし! こども園を開いたら子供向けメニューを考える楽しみができる。
まだ午前十時の鐘が鳴ったばかりなのに、「私、子供たち用の昼食づくりに取り掛かっていい?」と聞いた。
「いいもなにも、マイさん作りたくてソワソワしているじゃないですか。どうぞどうぞ。日替わりも定番料理も俺たちで作りますから」
「そう? じゃあ、こっちのかまどで作るね」
サンドル君にソワソワしていると指摘されて、(見抜かれている)と赤面してしまった。
普段は保温用にしか使わないかまどに火を入れた。そして八割がた作り終えてからこども園の様子を見に行くことにした。アルバート君とサンドル君は、我慢ができない子供を見るような表情で私を送り出してくれた。
「どうぞ、いってらっしゃい」
「じゃ、ちょっとだけ様子を見てくる。ありがとうね。あなたたち、大人になったよね」
「マイさんの落ち着きがなさ過ぎて面白いです」
サンドル君が野菜を切りながらそんなことを言う。アルバート君もスープをかき混ぜながら「クックック」と笑っている。私、そんなにわかりやすかったかしら。
道を渡って新居の裏口を開けると、子供のはしゃいだ声が聞こえてきた。キャッキャと笑う声、笑いながら何かを叫んでいる声。なんだなんだ。
新居の一階は、柱だけを残して壁を取っ払ってある。広くした一階の室内で、キアーラさんと子供たちが追いかけっこをしていた。キアーラさんがわざとゆっくり追いかけていて、リリちゃんとソフィアちゃんは逃げる側だ。ソフィアちゃんは素早く走り、リリちゃんは中腰の構えで三段のジャングルジムの上を逃げ回っている。リリちゃんが笑うとあんなに愛らしいお顔になるんだねえ。
黙って見ていたら、カリーンさんが隣に来てくれた。
「マイさん、私、リリちゃんがあんなに笑うのを初めて見ましたよ。こちらに連れて来てよかったです」
「お母さんが回復して安心したのもあるんでしょうねえ」
「子供は楽しく暮らすのが仕事ですからね。面白そうな遊び道具もあって、ここはいいですねえ」
「もう少ししたらお昼を運びますから。試食してくださいね」
カリーンさんは恐縮しているけれど、どんな食事が出てくるのか知ってほしいからぜひ食べていってほしいとお願いした。
店に戻り、ぽつりぽつりとお客さんが入ってくる時間になったので、少し早めに食事を運ぶことにした。
サンドル君たちから見えない場所で変換魔法を使い、木製のワゴンを作った。そこに子供二人分、大人二人分の料理とガラスの水差し、コップなどを載せてゴトゴトと道を渡って運び込んだ。
「お昼ですよ。手を洗ってお席に着いてね」
「はあい!」
ソフィアちゃんが返事をして、子供用に低く作り直した手洗い場に進む。そこには少し高い位置に木製の樽が置いてある。レバーをひねれば水が出ることを教えると、ソフィアちゃんが「すごーい。おもしろーい」と言いながら手を洗ってくれた。リリちゃんも手を洗ってから「この水、飲んでもいいの?」と私に聞く。か細いながらも愛らしい声だ。
そして、手を洗い終えて樽の水を少し飲んでからワゴンをチラリと見た。料理が気になる様子。食欲があるのはいいことだ。
キアーラさんが手際よく料理やコップをテーブルに置いて「さあ、いただきましょうね」と声をかけた。
目をキラキラさせながらお子様ランチを見ていたソフィアちゃんが、さっそくハンバーグを口に入れて「んんん! おいしいよ!」と叫ぶ。リリちゃんはオムライスを口に運んで、目を丸くしてカリーンさんを見た。カリーンさんが「美味しいわねえ」と声をかけると、リリちゃんはコクコクとうなずいて、無言でまたオムライスを口に入れる。ずっとオムライスを食べ続けているから、気に入ったらしい。






