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王都の行き止まりカフェ『隠れ家』~うっかり魔法使いになった私の店に筆頭文官様がくつろぎに来ます~【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨
その後の隠れ家

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134 『ハウラーこども園』の説明

 カリーンさんとヴィクトルさんが『隠れ家』に夕飯を食べに来ている。

 リリちゃんのお母さんは順調に回復していて、今日は初めて普通の食事を少量ながら食べられたらしい。母親のエリカさんが食事できるようになったらリリちゃんも食べるようになったとか。

 エリカさんの夫がカリーンさんに「助けてほしい」と声をかけたときにはすでに、いつどうなるかわからない状態だったらしい。

 カリーンさんはそのときのことを思い出すと、今も胸が痛いと言う。


「リリちゃんを預かってからはヒリヒリするような毎日でした。私、肩に力が入っていたんでしょうね。エリカさんはもう大丈夫だと安心したら、肩がゴリゴリに凝っているのに気づきました」

「事態が落ちついてから疲れが出ることってありますよね」


 カリーンさんはまだしばらくはリリちゃんを預かるらしい。聞けば、リリちゃん一家は一年前ぐらいに引っ越してきて、今まで挨拶程度のお付き合いしかなかったという。


「そんな私に頼んだってことは、よくよく頼る人がいないんだろうと思ったんです」


 頼る人がいないエリカさんのために、カリーンさんは収入が減るのを覚悟でリリちゃんを預かったのだ。

 カリーンさんたちを送り出してから、ヘンリーさんがお城から帰ってきた。キアーラさんと三人で夕食を食べながら、私はずっとモヤモヤしていたことをヘンリーさんに聞いてみた。


「リリちゃんの母親が重態だと知った時点で、カリーンさんもヴィクトルさんもなぜ私にポーションを頼まなかったのかしら」

「それはね……マイさんに肌感覚でわかってもらえるかどうか。恐れ多いって気持ちじゃないかな」

「恐れ多い? 私とカリーンさんたちの間柄で?」

「流行り病のときはみんな無我夢中でしたが、今は平時でしょう? 特級超えのポーションというのは、平民のカリーンさんたちからすれば、親しいからといって気軽に頼める品じゃないんです。それこそ王族が飲むもの、高位貴族でも手に入るかどうか、という印象があるんですよ」


 せっかく魔力が有り余っているのに、もったいないなぁ。もう少し遅かったらポーションを飲んでも助からなかったかもしれない。早ければ早いほど効くということは、時機を逸すれば飲ませても効果が出ないこともあるってことでしょう?

 私が考え込んでいたら、ヘンリーさんが「もう少し待って」と言う。


「もう少し考えさせてください。マイさんのポーションが有効活用されて、マイさんが逆恨みされない方法を模索中ですから。これがなかなか難題なんです」

「うん。待ちます」


 そこから新居で開設予定の『ハウラーこども園』の話になった。

 お試しでリリちゃんとソフィアちゃんを預からせてもらえないか、カリーンさんに聞いてみるつもりだ。カリーンさんが同席して様子を見たいと言ったら、もちろんそれでもかまわない。子供たちのお世話をするのはキアーラさんで、食事は私が作る。


「これでいいかしら」

「いいと思いますよ。まずは試してみて、遊ぶ場所の提供だけという形にするのも有りくらいで。最初は融通の利く形がいいと思います」

「そうね。じゃあまずはリリちゃんのお母さんとカリーンさんに相談してみる」


 キアーラさんが慈母の微笑みを浮かべて私を見ている。


「マイさんがいつもの元気を取り戻してよかったです」

「その節はお恥ずかしいところをお見せしました。自分でもあんなに泣けると思わなかったから驚いちゃった」

「一般の人も獣人も言いたいことを言わずにいると、何年たっても胸の中で凝り固まって出て行かないものですから」


 穏やかという言葉を形にしたようなキアーラさんにも、そんな経験があるのだろうか。あまり自分のことを話さない人だけど、なんとなくそんな気がした。


 翌日、開店準備をアルバート君とサンドル君にお願いして、まずはカリーンさんの家に行くことにした。引き出しから瞬間移動用の魔法陣のコピーを取り出そうとしたら、ヘンリーさんがやんわりと私の手首に手をかけた。


「マイさん? 早足なら二十分くらいの場所なんですから、歩いて行きましょうか」

「ん? なんで?」

「その紙はね、お金に換算したら金貨を何枚も払うだけの価値がある紙です。もったいないでしょう?」


 そうなるか……。コピー機がないもんね。


「木版画で量産するのはだめですかね。木版画の技術については私も詳しくないけど、印刷したい部分だけを残して板の他の部分を削るんです」

「木版画……。詳しくないので調べてみます。量産できたら好きなだけその紙を使えますね」


 エッチングやシルクスクリーンもあるけど、使う薬剤が私にはわからない。浮世絵で精密な印刷ができたんだから、文字と線だけの魔法陣なら木版画でいけるんじゃないのかな。


「じゃ、行ってきます。歩きで」

「行ってらっしゃい。歩きで」


 こうして私は歩いてカリーンさんの家に向かった。

 到着したら、カリーンさんちのお庭で、ソフィアちゃんとリリちゃんが口喧嘩をしていた。


「やあだ。フィーちゃん、穴、掘りたい」

「リリちゃん、掘りたくない」

「この前、リリちゃんも穴堀りしてた」

「今はしたくないもん」


 可愛い。リリちゃんは表情が生き生きしている。ソフィアちゃんは安定の可愛さだ。カリーンさんは家庭菜園の草をむしっていたが、私に気づいて向かってくる。私はおちびちゃんたちに声をかけた。


「ソフィアちゃん、リリちゃん、おはよ!」


 私が声をかけると、ソフィアちゃんは笑顔で駆け寄って抱きついてきたが、リリちゃんはシュッ! と走って物置小屋の陰に隠れた。そして顔を半分だけ出して、私をジーッと見ている。やることが大変に猫っぽい。体格はソフィアちゃんのほうが少し大きいかな。リリちゃんは今、だいぶ細い。


「リリちゃん、お母さんは元気になった?」


 返事はなく、顔の半分だけ見せてコクリとうなずくのみ。

 外の明るい場所で見ると、目尻がキュッと上がったアーモンドアイは赤茶色だ。この子はソフィアちゃんとはベクトルが違うタイプの美人さんで美猫さんになるんだろうなあ。

 

「マイさん、どうしました?」

「カリーンさん、朝早くからすみません。お話ししたいことがあって訪問しました」


 二人の子供が見える位置でカリーンさんが話を待っている。


「お話というのは、うちで始める『ハウラーこども園』にリリちゃんとソフィアちゃんを預けませんか、というお誘いです。しばらくはお試しです。状況によっては保護者同伴の遊び場として開放するだけになるかもしれません」

「ぜひ詳しく聞かせてください」


 私はハウラーこども園の構想について話をした。

 料金はこども園に我が子を預けて外で働いても損にはならない程度の額にするつもりなこと。

 リリちゃんのように親が働けない場合は貴族(ハウラー家)の慈善活動として費用を請求せず無償で預かるつもりなこと。

 食事を出す場合は私が作ること。


 説明を聞いたカリーンさんが、真剣な表情で考え込んでいる。

 そんな私たちの話を、ソフィアちゃんは私の腰に腕を回してぺたりと体をくっつけて聞いていて、リリちゃんは物置小屋から顔半分だけ出して聞いている。



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