130 真珠とバースデーケーキ
キリアス君が午後遅くに来て大学芋を食べている。
「これ、美味しいね。この芋はどこで売っているの?」
「クーロウ地区で買いました。あそこは別の国みたいに食材が豊富ですね」
「そうだね。いろんな国の人が集まっているし、買いに来る人も出身が様々だね」
「キリアスさんもクーロウ地区に行くことがあるんですか」
「あるよ。大通りの薬店にはない薬草を売っているからさ」
なるほど。キリアス君は飄々としているように見えて努力家で向上心が強いもんね。
キリアス君が私の方をチラチラ見ながら何かを言い淀んでいる。
「飴芋に何か不手際がありましたか?」
「いや。これはとても美味しい。あの、催促するようで申し訳ないんだけど、パトリシアの誕生日プレゼント、そろそろ作ってもらえないかな」
ああっ! そうだった! いろんな出来事があって、真珠のことを忘れてた。作ろうと思えば真珠三個は五秒もかからないものだから、うっかりしてた。
「今、お渡ししてもいいですか?」
「なんだ、もう作ってあったんだね」
今夜はパエリアを作ろうと思ってムール貝を買ってある。よかった。
カウンターの内側で変換魔法を放ち、ピアス用には小ぶりな真珠を二個、ペンダントトップ用にはそれより少し大きめの真珠を一個作った。
階段を上がり、私の部屋にある紙類をかき集めて可愛い小箱に変換し、三個の真珠を入れた。
「お待たせしました。ご確認ください」
「ありがとう。確認するね」
小さな紙箱の上蓋を持ち上げて、キリアス君が真珠をじっくり見ている。
「綺麗だね。完全な球体だ。でも三個って少なくないかな?」
「だってパトリシア様は十一歳でしょう? これから何十回もお誕生日が来るわけですよ。十一歳の誕生日に豪華なものを贈ったら、二十歳のときにはどれだけ豪華な品を贈ることになることか。と、平民育ちの私は思うのですが」
黙って話を聞いていたキリアス君は「それもそうか」と納得した様子。
「これにマイさんが作る豪華なケーキを添えたら完璧だね」
「ケーキをご注文ですか?」
「うん。生クリームたっぷりのがいいなあ」
「果物もたっぷり?」
「そうだね。パトリシアは果物が好きだよ」
果物をスライスして挟むか。
「ロウソクはどうします?」
「ロウソクって?」
あっ。ロウソクを吹き消す風習はないのか。
「ケーキに細くて可愛いロウソクを年齢の数だけ立てて、お誕生日おめでとう! と言われたらパトリシアさんが吹き消すという趣向はいかがでしょう。夜なら部屋を暗くすると見栄えがしますね」
「いいね。可愛いロウソクも用意してもらえる?」
「もちろん」
キリアス君は帰り、私は考え込んでいる。この世界のお誕生日に用意されるケーキがどんなものか、私は知らないのよ。キアーラさんが「どうしました?」と言ってくれたので、尋ねた。
するとキアーラさんは、澄んだ目で私を見て困っている。
「ケーキですか……。私は誕生日にケーキを出されたことも出したこともないのでわかりません」
「そうでしたか。じゃあ、ケーキは貴族のお誕生日だけに限った話なのかな。ヘンリーさんに聞いてみます」
「それが確実ですね」
夜、ヘンリーさんが帰宅してから聞いてみた。
「うちはケーキが出ました。丸い普通の形でした。でも、うちの場合は養父母共に甘いものが好きだからかもしれません。よその貴族の誕生会に呼ばれたことがあるけど、丸いケーキは出ない家の方が多かったかな」
「ケーキが出てもおかしくはないんですね?」
「うん」
「じゃ、キリアス君に頼まれたケーキは盛大に派手なのを作っちゃお」
優雅な所作で食事していたヘンリーさんが動きを止めた。
「待って。キリアス君の誕生日ケーキなの?」
「いえ。パトリシアさんのです」
「ああ、よかった」
よかったとはなんだろう。
「俺の誕生日は二ヶ月先なんだけど、俺の誕生日ケーキを先に作ってほしい」
「二ヶ月先……。早すぎませんか?」
「マイさんがこの世界で最初に作る誕生日のケーキでしょ? 俺のを一番に作ってもらいたい」
真顔で何それ。可愛すぎますが。
「わかりました。ご要望があればできる範囲で対応いたします」
「あ、それ。マイさんが会話の途中で急に仕事仕様の言葉遣いになるの、すごく好きです。かっこいい」
「どこがかっこいいのか、ちょっとよくわからない」
「マイさんと俺が店主と客だった頃を思い出してほのぼのする」
ヘンリーさんの萌えポイントがわからんですわ。
翌日、ヘンリーさんのお誕生日ケーキを作った。間にアンズのジャムを挟んだシンプルなやつね。
濃縮したブルーベリーで青く染めたバタークリームを絞り出し袋に入れ、『お誕生日おめでとう』と書いた。文字を書きながら、(二ヶ月前のお誕生日ケーキの意味とは)と自分で苦笑した。
ヘンリーさんは何度も「嬉しい。ありがとう。とても美味しいよ」と言ってくれて、たくさん食べた。
サンドル君が「これは注文制にしたら売れるのでは?」と目をキラキラさせている。
将来サンドル君が大きな飲食店のオーナー、またはチェーン店の総責任者になっていても驚かないな。
◇
パトリシアさんのためのケーキには淡いピンクのクリームを使い、二段重ねにした。
中にはアンズのジャムを塗って、バタークリームも挟んで、シロップ煮にした桃のスライスも挟んだ。
表面に塗るクリームはビーツをゆでて絞り、水魔法で脱水した赤いパウダーにしてクリームに色を付けた。
乾燥させる魔法、便利だわ。
運ぶのが一番大変そうだから、それはキリアス君に頼んだ。
キリアス君は侯爵家のどでかい馬車で乗り付けて、使用人に運ばせた。
お支払いのときに変換魔法で作った細くて濃いピンクのロウソクを十一本、繻子の小袋に入れてリボンを結んで手渡した。
「へえ、こんなロウソクがあるんだね。色がきれいだし細くておしゃれだ」
「ありがとうございます。真珠は加工できました?」
「うん。実家が懇意にしている宝石店が上手に加工してくれた。『あの真珠の産地はどこですか』ってしつこく聞かれたから『侯爵家の秘密の取引先だよ』と言っておいた」
「助かります」
お礼を言ってキリアス君を見送った。
その数日後にキリアス君がランチに来て、お誕生会の様子を教えてくれた。
「ケーキも真珠も大変な評判でね、パトリシアは大喜びだった。ありがとうね。パトリシアに『来年はもう少し真珠の数が多いのをプレゼントしてくださいね』って頼まれた。マイさんの言う通り、三個から始めてよかったよ」
「でしょう?」
「ロウソクを十一本挿して吹き消すのも盛り上がったよ。あれはいい思い付きだ。パトリシアはあのロウソクを宝箱にしまっていて、可愛かった」
「気に入っていただけて、なによりです」
(無事お役目を終えたわ)と安堵していたら、キリアス君が数日後にまた来店した。
そして今私は、お願いを切り出されている。
「悪い。あの真珠が二十個欲しいんだ。うちの母上があの真珠を使ったブレスレットを作りたいらしい。母上は言い値で買うと言っているよ」
「あ、はい。たぶん大丈夫だと思いますけど、今は確約できないです。ヘンリーさんに聞いてみます」
「わかった。待つよ」
ハウラー子爵様にいちおうお伺いを立てよう。
それにしても完全な球体の真珠が、こんなに人気になるとは。






