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王都の行き止まりカフェ『隠れ家』~うっかり魔法使いになった私の店に筆頭文官様がくつろぎに来ます~【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨
その後の隠れ家

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125 ロディアス

 ヴィクトルは初めてヘンリーに誘われて酒を飲んでいる。

 案内された個室の店は高級な構えで、ヴィクトルには縁のない店だ。

 何事だろうと思いながらしばらく世間話をしていたが、途中でヘンリーが実にさりげなく「竜の首暗黒団というのを知っていますか?」と聞いてきた。


「竜の首暗黒団ですか? そんな名前は聞いたことがありません。それがどうかしましたか?」

「いえ、そんな組織の名前を最近聞いて、どんな組織なのかなと思ったものですから。ただの興味本位です」

「なにか心配事でも?」


 ヴィクトルもさりげなく聞き返した。いつになくヘンリーの全身から危険な匂いがしていて落ち着かない。それは戦闘時の人間から出る独特の匂いで、ヘンリーがそんな匂いを出しているのは初めてだった。

 犬型獣人のヴィクトルはこの手の匂いを仕事の現場で数えきれないほど嗅いできた。嗅ぎ間違いはない。


「いえ。心配事ではありません。では、七番街の角にある青い屋根の集合住宅について、教えてくれませんか。評判でも噂でもかまいません」

「七番街の角の青い屋根……ああ、わかりました。特に噂は聞いていませんね。今の大家になってからはずいぶん環境が良くなって、警備隊が出動する回数が減りました。以前は喧嘩騒ぎや酔っ払いが暴れたりして、たまに警備隊が駆け付けたのですが」

「そうでしたか。知り合いが住んでいるので、どんなところなのか心配になったものですから」


 結局ヘンリーは世間話をしただけで、酒を飲んで終わりになった。

 『隠れ家』へと帰っていくヘンリーの背中を見送るヴィクトルは、なんとなく不安だ。

 

 マイとヘンリーには返しきれないほどの恩がある。

(俺から何かを聞き出したがっていたのは間違いないんだが。でも竜の首暗黒団なんて聞いたことがない。俺を呼び出したのなら、文官仕事の話じゃないな。もしかしてマイさんに関係することなのだろうか。もしそうなら、警備隊の規則を少々破ってでも協力を惜しまないのに)

 何も明かさないで終わりにしたヘンリーを少々恨めしく思いながら、ヴィクトルもカリーンの待つ家へと帰った。


 ◇ ◇ ◇


 ロディアスの父は腕のいいガラス職人だった。

 父は歪みがなくてとことん透明なガラスの制作を目標にしていた。だがそれは超高級品で、下町のガラス職人である父の道楽だ。

 普段、ロディアスの父は生活のためのガラス製のコップやグラス、水差し、花瓶などを作っていた。


 ある年の冬、母が風邪をこじらせた。

 父は魔法使いの作るポーションを買って飲ませたが効かない。何軒か店を変えてポーションを買っても効かない。最後に町で一番の魔力持ちと噂の魔法使いの店を訪れた。

 当時十歳だったロディアスは、父が母に飲ませるポーションを買うために、毎日夜中まで働いているのを知っていた。


「これは必ず効く」と言われてかなりの大金を払ったポーションを、母が飲んだ。

 母は一度は回復したように見えたものの、数日後には熱がぶり返して、あっという間にはかなくなった。

 

 母の埋葬を終えた日、父が魔法使いに文句を言いに行き、ロディアスもついて行った。

 父に文句を言われた魔法使いは「よくよくこじらせてからポーションを飲ませたお前が悪い。金を惜しんで妻を失ったのはお前の責任だ」と言い返した。

 ロディアスが見ている前で父が魔法使いを殴った。倒れた魔法使いは机に頭を打ち付けて重傷を負った。


 父は警備隊に捕まって強制労働所に入れられ、ロディアスは国立の保護施設に入れられた。

 ロディアスは施設に馴染めなかった。施設の職員の一人からは繰り返し意地の悪い仕打ちを受けた。

 

 この経験からロディアスは「魔法使いは信用ならない」「魔法使いは効き目のないポーションで荒稼ぎしている」「施設の職員は信用ならない」「国も役人も信用ならない」という認識が深く刻まれた。

 父が強制労働所で流行り風邪をこじらせて亡くなったのを聞かされた日、ロディアスは十二歳で施設から逃げ出した。

 

「誰も信用できない。その中でも、街中まちなかでポーションを売っている魔法使いは信用ならない」


 ロディアスは誰も信用せず、ただ一人で働きまくり稼ぎまくった。

 最初は泥棒で。成長してからは密輸で。

 正規の出入国で支払う関税から逃れるために、小麦や芋に宝石を隠して出入国を繰り返した。宝石は他より少しだけ安く売っても利幅が大きかった。

 

 密輸する宝石も最初は質の悪い安い品だったが、少しずつ増えていく蓄えを元手に密輸する品の質を上げていった。ロディアスは稼いでも遊びに使わず金を貯め続けた。

 彼には「貧しい人間を住まわせる建物を買う」という目標があった。

 やがてロディアスは高級な宝石を密輸するようになり、ついに念願の集合住宅の持ち主になった。雑用係のモルが住んでいる建物である。


「次は魔法使いだ。城で働けない程度の魔力しか持たないくせに、貧乏人相手に効かないポーションで稼ぐのは許せない」


 そう思ったところであの流行り病の大波がきた。

 そして耳にした「無料のポーション」の噂。

 警備隊が配っていたから何度も探りを入れたが、警備隊員たちの口は堅かった。

 

「魔法使い様にお礼をしたい? いい、いい。そんなことしないでいいんだ」

「匿名で寄付してくださる魔法使い様の名前を知って、あんた何をするつもりだ」

「魔法使い様に何かしようってんなら、俺らが相手になるぞ」

「あんたこの前も聞きに来たな。他の詰め所でも聞いて回ってるのは確認済みだ。なんでポーションの作り手を知りたいんだ?」


 最後に出てきた警備隊長のヴィクトルという男は四十代に見えたが、贅肉が全くない引き締まった体の持ち主だ。腕っぷしが強いのは見ればわかった。しかもそのヴィクトルという男は、はっきりとロディアスを怪しんでいた。

 警備隊の詰め所は王都に四か所。詰め所を訪れるときは毎回変装していたし、目立つ傷跡を隠すために種類の違うつけ髭を張り付けていた。それでもヴィクトルという男は自分を見抜いているように感じた。

 

 (この方法ではだめだ)と判断したロディアスは、初めて裏の世界を頼ることにした。

 まずは金を使って闇市場が開かれているという店を探し出した。

 大きな商家の地下室で不定期に開かれている闇市場は、売り手も買い手もかなりの入場料を払う必要があった。だがロディアスはためらうことなくそこに入った。

 そこで見つけたのが『魔力封じの輪』である。聞けば滅多に出てこない貴重な品だという。本物なのか? と疑ったが、「この市場で偽物を売れば命がない」というのが掟らしい。


 運の女神に応援されていると思った。

 その魔導具はとんでもなく高価だった。密輸で稼ぐ数か月分の利益に相当する金額だったが、ロディアスは買い入れた。

 

(あとは無料ポーションの作り手を見つけ出すだけだな。無料なのは表向きで、国と手を結んで金儲けをしているに違いない)


 魔法使いの正体は、意外なところから知った。

 教えてくれたのは、自分の所有する集合住宅の住人である。家賃を払いに来た女性が、興奮した様子で話してくれた。


「火事の現場で若い娘の魔法使いが活躍しているのを見たことがあるんですよ。あんな魔法、初めて見ました。そりゃすごかったんですよ。大きな水の玉を出すだけでなくて、その辺の土で階段を作って、取り残された母親と子供を助けたんです。おまけに猿型獣人が突然現れて……」


 住民の女性は延々と興奮してしゃべっている。おしゃべりの長さに疲れて聞き流していたが、突然我に返った。


「その魔法使いがね、大家さん。『隠れ家』っていう店の人らしいんです。いえ、私は行ったことがないけど、評判のいい店だそうですよ。それとね、これは最近聞いた噂ですけど、あの無料のポーションを作ったのもその人じゃないかって」

 

(隠れ家。街の魔法使い。ポーション。最初に狙う魔法使いとしてピッタリの相手だな。そもそもそんなに魔力が多いなら、食べ物商売なんてしないで城で働いているはずだ。きっと効果なんて期待できないポーションを大量に作って、陰で何かしらの恩恵を受けているに違いない。効いたと騒いでいる連中は、ポーションなんて飲まなくても治ったのだ)


 ここまで運に恵まれ続けていたロディアスは、人間相手の悪事は初めてだったにもかかわらず失敗する気がしない。魔法で荒稼ぎをしているだろう女も、魔力を封じればただの人間だ。女を手に入れたら他国に運び、売り飛ばすつもりだ。

 ところが、雇った男二人は『隠れ家』に行ったきり帰ってこなかった。

 

 雇った男二人が強制労働所に収容されたことを広場の貼り紙で知った。罪状は強盗としか書かれていない。大変に高価な魔導具はどうなったのか。用心してしばらく身を隠していたが、ロディアスを捕まえようとする動きは全くない。

 どうやらあの頭の悪そうな男たちは、ロディアスが嘘八百を並べて「自分は悪の組織の親玉。俺のことを一言でもしゃべったら、命はないぞ」と吹きこんだのを信じていたらしい。

 集合住宅の自室に戻り、悶々として暮らしているうちに事件から一年が過ぎた。


「密輸の才能はあったが、人間相手の悪事には向いていなかったのかな。このまま善人の顔で大家をやっていくか。それとも密輸を続けて貧しい人相手の建物をもっと増やすか」


 今の暮らしを続けるだけなら、もう使い切れないほどの金がある。

 どうしたものかと考えていたある日、ロディアスの家に見知らぬ客が来た。

 背の高い黒髪の男だった。フードつきのコートを着て、「あなたがこの家の大家のロディアスさんですか?」と聞く。男の口調は穏やかだったし、品がいい。

 にもかかわらず、ロディアスの全身が危険を訴えてくる。ロディアスは善人の笑顔を浮かべて愛想よく聞き返した。


「あなたはどちらさんかな? ここには何のご用です?」


 しかし若い男はそれには答えず、緑色の瞳をギラギラさせてロディアスを押しのけるようにして部屋に入り、後ろ手にドアを閉めた。


(こいつは何者だ? ジャックとヒューイの仲間か? いや、違う。こいつは間違いなく上流階級の人間だ。じゃあ、なんで俺の家に押し入ってきた? ああ、くそっ、ナイフくらい身につけておくべきだった)


 背の高い男は無言でロディアスを見つめている。その男の全身から漂っているのが殺気であることは間違いない。

 ロディアスは密輸を始めたばかりの頃の恐怖と緊張を久しぶりに思い出して、背中を冷や汗が流れ始めた。


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