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王都の行き止まりカフェ『隠れ家』~うっかり魔法使いになった私の店に筆頭文官様がくつろぎに来ます~【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨
その後の隠れ家

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123/150

123 2度目の面会

前回と今回はヘンリーの話なので三人称でお届けしています。

毎回完結表示にし直すのが手間なので、もうしばらくは連載中に戻すことにしました。

 ヘンリーが強制労働所から『隠れ家』に戻ったのは夜更けだった。


「お帰りなさい。遅くまでお疲れさまでした。夕飯は?」

「まだなんだ。腹が減ってる。何か残ってる?」

「ちゃんと取ってあります。今日は牛すじ肉の煮込みです。野菜を炒めたものと卵スープもありますよ」

「聞いただけでもっと腹が減った」


 ヘンリーは制服を脱ぎながら二階へ上がり、シャツとゆったりしたズボンに着替えて下りてきた。

 もう並べられている夕飯を見て顔が緩んでしまう。「マイさんもお茶で付き合って」と甘えた。

 

 ヘンリーは夕食時にマイと話をするのが大好きだ。結婚するまでは口数の少ない人生だったが、マイの前ではよくしゃべる。人生で今までにしゃべった会話の量よりも、結婚してからの会話の量のほうが明らかに多い。

 家に帰ればマイがいる。毎日笑顔で自分を出迎えてくれる。それが心の底から幸せだ。


 昼間に囚人を本気で脅したことをマイに言うつもりはない。

 マイを心配させるだろうし、もしかしたら執念深い自分は嫌われるかもしれないと不安だからだ。

 夕食を先に食べていたマイがお茶のカップを手にして、「そういえば今日、キリアス君が来たんです」と言う。


「キリアス君が? 食事に?」

「ランチもですけど、ええと、『マイさんは真珠を作れるの?』って聞かれました」

「あー、やっぱり。誰が最初に真珠の話をするかと思っていましたが」

「婚約者のパトリシア嬢に贈りたいから、ひと粒でもいいから譲ってくれないかって」


 ヘンリーの腹の底からゆっくり笑いが込み上げる。

 きっとパトリシア嬢は結婚式の参加者から真珠のネックレスの話を聞いたのだろう。そして「キリアス様はヘンリー様のお友達でしょう?」と真珠をねだったのだろう。様子が見えるようだ。

 キリアスは勝手気ままに振る舞っているが、婚約者のパトリシア嬢にはとても甘い。


「キリアス君はどんな様子でした?」

「キリアス君が『魔法で作ったんでしょ、何魔法なの?』と聞くので、変換魔法は知っていますかと聞いたんです。キリアス君にならもう言ってもいいかなと思って。だめでしたか?」

「いえ。キリアス君ならいいと思いますよ」

「そうしたらキリアス君が『やっぱり変換魔法か』と言ったきり悔しそうな顔になって、いきなり頭を下げたんです。『お願い! ひと粒でいいから譲って。相応の代金は払うから!』って。すごく必死でした。ただ……」


 その時のことを思い出してマイが笑ってしまう。つられてヘンリーが苦笑した。


「なんて言ったか想像がつきます」

「キリアス君は『ひと粒でもいいけど、もっとたくさんならもっと嬉しい』って言っていました」

「キリアス君の要領の良さ、マイさんは嫌いじゃないでしょ」

「はい。すごく可愛い表情でお願いされてしまって」

「彼は自分がどうやったら愛らしく見えるか知っているんですよ。さすがは甘え上手、さすがは溺愛されて育った末っ子です。すごく頭がよくて強力な魔法も使える子猫と思ってたら間違いない」


 ヘンリーを見ながらマイが笑い出した。


「なんですか」

「頭が良くて魔法が使える子猫も好きですが、頭が良くて努力家で背が高い黒猫はもっと好きですよ?」


 ヘンリーが夕飯の肉を噛みながら赤くなった。

 マイがクスクス笑いながらお茶のお代わりを淹れに席を立った。


 ヘンリーはマイが働いている後ろ姿を見ながら、(背の高い黒猫は、あなたが思っているよりずっとあなたを愛しているし、あなたのためなら徹底的に敵を排除するのもやぶさかではないのです)と胸の中でつぶやく。

 真珠については外への言い訳として「出所でどころは事情があって言えない」「あれは王家に贈る」と言って通すつもりだ。王家に贈ると言えば同じものを作れとは言いにくくなる。


 真珠を魔法で作ったと思いつくのは城にいる魔法使いぐらいだろう。それも変換魔法の存在を知っている魔法使いだけだと予想していた。

 そしてキリアスならいつか気づくと思っていた。


「マイさんはどうしたいの?」

「三粒くらい渡したら、ピアスとペンダントが作れるかしらと思っていますけど」

「いいんじゃないかな。キリアス君には俺が口止めしておきますよ」

「お願いしますね」


 夕食を食べ終え、二人でベッドに入った。そこからおしゃべりをして、笑いあって眠る。

 こんな幸せが手に入ってしまって大丈夫だろうかと思うほど、毎日が幸せだ。だからこそ、マイを狙う輩を許すつもりはない。「あの魔法使いに手を出すと、とんでもないことになる」と他のよからぬ人間にも知らしめたい。

 毎晩眠る前に(効果的な報復はどうしたらいいか)を考えていることは、自分だけの秘密だ。


 

 最初の面会から三日がたち、ヘンリーは再び強制労働所に出向いた。

 おそらくザックとヒューイは雇い主の情報を明かすだろう。問題は彼らが知らされている情報が本当かどうかだ。

(まあ、そこは今心配しても仕方ないことだ)と考えて、ヘンリーは面会室へ向かった。

 所長室でお茶でもと言われたが「時間がないんだ」と断った。宰相付き文官という新しい席を用意されたことで、最近のヘンリーはこの手のお誘いが多い。宰相になった際には自分を優遇してほしいという下心ありきのお誘いなのはわかっている。


 面会室に向かいながら(今からこれでは、宰相になったらどれだけ要望が来るやら)とうれう。筆頭文官は文官の一人にすぎないが、宰相付き文官になってからは宰相側の人間、宰相の地位に近い人間と見なされるようになった。

 宰相付きになる前は宰相のことを(淡々としていてやる気があるのかないのかわからない人だ)と思っていたが、実はたくさんの要望を何げない顔で振り分けてこなしているのだと見直している。

 

 面会室に行くと、もうザックとヒューイが待っていた。覚悟を決めたような二人の顔を見てヘンリーは(よし!)と思う。

 まず兄貴分らしいザックに話しかけた。


「覚悟は決まったようだね」

「本当にそいつを捕まえてくれるんだな?」

「もちろんだ。おそらく宰相になる前に捕まえて報復するよ。俺の妻を狙うことがどういうことか、思い知らせてやる」

「じゃ、じゃあ……教えるよ」


 ザックがヒューイを見た。ヒューイはもうオドオドしている。


「竜の首暗黒団って聞いたことあるか? 俺たちに声をかけてきたのは、その暗黒団の人間だ」

「竜の首暗黒団。名前を聞いたことはあるが、実在するのか」

「そいつはそう名乗ってた。本当かどうかは知らねえ。前金で小金貨を一枚くれて、『隠れ家』にいる魔法使いの若い女を無傷で連れてきたら、俺たちに小金貨を二十枚ずつくれるって約束したんだ」


 それを聞いたヘンリーが無表情に質問する。


「その相手の見た目は?」

「年は三十半ばくらい。背が高くて黒い髪を長く伸ばしていて、目の色は黒だ。天気がどうでも常にフード付きのコートを着ていて、中は上等な服だったが貴族か平民かは俺達にはわからねえ」

「ザック、あれも言ったほうがいいんじゃないか?」

「ああ、あれか。そうだったな。会うのはいつも外だった。外の路地みたいな場所。夜とか夕方とか。一度だけその男のフードが風で外れたんだよ。そのとき、長い髪の毛も風で煽られて、顎の左下にずいぶん酷い傷があるのを見た。近くの店の明かりで見えた」


 ヘンリーは(こいつ案外よく見てるな。それに思っていたより記憶力がいい)と感心する。


「具体的にはどんな傷だ?」

「顎のあたりの肉を食いちぎられたような、それが治ったみたいな複雑な形の傷だ。長さは俺の中指ぐらい。幅はそうさなあ、指の幅三本くらいだ」

「そうか。じゃ、これは約束したものだ」


 前回の三倍と言わず五倍ほどの焼き菓子を渡して、ヘンリーは強制労働所を出た。

 

「まずは竜の首暗黒団を調べるか」


 ヘンリーは自分の中で、獲物を追い詰めようとする高揚感がふつふつと湧き出るのを感じていた。

 

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